それでも雪のように

ゆりえる

第1話 犯罪多発地区

 204X年の日本。


 それまでの世界屈指と言えるほど治安維持されたイメージは完全に消え失せ、アメリカやメキシコなどと並ぶ犯罪大国の汚名を着せられてから、早くも10年余り経過していた。


 労働賃金の低下による生活苦から、窃盗や強盗が相次ぎ、一般人はもちろんのこと、警察ですら全指名手配犯を把握するには困難を極めた。

 

 人々は、不要不急の外出は控えるようになり、日夜、怯えながら暮らしていた。

 居住区にも犯罪多発地区が多数存在していたが、賃貸料金の安さから、止むを得ず住んでいる人々も少なくなかった。


 失業を繰り返していた片原健治と真夜美夫妻もまた、払える限界である家賃の賃貸物件は、選択肢が治安の悪い地区以外無く、心ならずも2年前から住居を構えていた。


「知ってた、健治? 昨日の夜も、2丁目の角を曲がった所で、暴行事件が有ったそうよ! あ~、こんな物騒な場所はイヤ! 早く引っ越してしまいたい!」


 毎朝、新聞を広げると、必ずといっていいほど町内で起こった犯罪がズラリと羅列され、それを目にする度に、うんざりしている真夜美。


「犯罪は確かに怖いが、それよりも恐ろしいのは……真夜美、分かっているだろう?」


 この話題になると、いつものように健治が、声を震えさせている。


「ええ、昨日だけで全国では378名、この地区では10名よ」


 その人数は、犯罪の件数に比べ物にならないほど多かった。

 この数字は、10年前から毎日発表されるようになった発火人数だった。


「10名か……二桁は久しぶりだな。毎日、こんなに沢山の人々が発火していても、俺はまだ見た事が無いから、半信半疑なんだが。真夜美の会社とかは、どうだ?」


「私の周りでも、まだ無いわ。怖いけど、どんな感じなのか少し興味が有るわね」


 健治に比べ、恐怖心より好奇心の方が強めの真夜美。


「そんな滅多な事言うな! そんな事を言っていたせいで、今度は自分が発火したらどうするんだ!」


「自分が発火するなんて、もちろん、イヤよ! でも、噂では、発火時の灰が、雪と見間違えるくらい美しいっていうし、雪もここではそうそう見られるものじゃないから、そんな話を聞いてしまうと、つい気になるじゃない!」


 真夜美は、パソコンやタブレットなどで頻繁に発火事件を検索するが、撮影された画像も動画も今まで目にした事は無かった。

 何でも、それらを写そうとした途端、灰がレンズを覆い邪魔をするのだとか……

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