第11話─聖女と令嬢の過去話(第三者目線)

 庭師が丁寧に丹念を込めて作り上げた芸術の場。


 庭園。王宮のそれは、見事の一言。色とりどりの美麗美句も陳腐なことこの上なくなるような荘厳な景色だ。


 「なぜ、泣いているのでしょうか」


 豪華絢爛な花束を持った護衛騎士とメイドを連れた少女は、景色にそぐわない表情をしている少女に話しかける。

 うずくまるというはしたない姿であるにも関わらず少女は美しく、名うての詩人が見たらそれで名作が生まれそうである。


 「その、で、あの、おうちに帰りたくて」


 たどたどしい言葉。嗚咽交じりの声は、鈴の音よりも透き通っていて少女の芸術性をさらに高めている。


 目が赤い。涙をたくさん流して腕で無防備にこすってしまったことが分かる。少女にとっては信じられない行動だ。


 「神殿ですか」


 話しかける少女の方は無表情だった。うずくまる少女に目線を合わせるような動作もなく直立を保ったまま機械的に話しかける。


 まるで、この庭園から立ち去れとでもいわんばかりだ。そこらの令嬢ならば震え上がるかもしれない。


 「い、いえ。いや、はい。その、ごめんなさい。お見苦しい姿を」


 「殿下の前でなければ些末なことだと貴女の教育係は言うかもしれません。しかし、ここには高貴な者がより多く集まります。神は寛大ですが、人はそうでもありません。もうここで泣くことはやめなさい。さあ、立って。───アリアナ」


 少女が指示するとメイドが少女に手を差し伸べる。少女は動かない。じっとうずくまる少女、聖女が立ち上がるのを見る。ただ見る。釣り上がった瞳。高位貴族特有の髪色を持つ少女の圧は強いが聖女はその圧には動じていない。ズレているのだ。致命的に共通認識に齟齬がある。

 不意に頭を撫でたくなるがこれはこの聖女の質が引き寄せるだけと少女はさらに機嫌が悪くなる。顔に出さないように努める。

 「ありがとう、ございます」

 気丈に笑う聖女に少女は内心でため息を漏らす。表には出さない。無表情のまま聖女を見続ける。


 「もし、メイドに手を出されたら断りなさい。貴女の身分はもっと尊い。今のは意地悪です」


 少女が言うと隣の護衛騎士が小さく笑う。珍しく少女が口をむっとして護衛騎士を睨むと護衛騎士ははいはいというように頷き顔を無へと戻す。


 「意地悪、意地悪ですか」

 聖女の表情が曇ってしまう。

 「はい。でも貴女には無意味なのでやめます。ごめんなさい」

 「いいえ。高貴な方が私に頭を下げるなんて」 


 聖女はとんでもないことだと手を振る。ほっとしたように息を吐き、聖女は少女を眩しいモノのように見遣る。そこに隠された憧憬を少女は見出さない。気づかない。誰にでもそういう瞳を向けるのだろうと思うだけだ。


 「『私なんて』をやめてください。非はこちらにあります。聖女様、強くなって王を支えてください。そうね。貴女にはこの餞別の花が似合うわ」


 護衛騎士が屈むと少女の前に花束を掲げた。

 少女は、そのなから無造作に紫色の花を手に取った。

 聖女は震えながら少女から花を受け取った。花の意味など分からない。ただ少女から贈られたその花を大事そうに胸にもってくる。


 聖女にとって少女はずっと上のヒトだった。


 個として認識され話しかけられるのは初めてで、しかも形に残るモノをいただける関係では決してなかった。花の香りなのか、少女の香油の香りか、それとも少女自身の発する者か、心地匂いが聖女の鼻をかすめる。

 隙のない微笑をたたえて王太子の傍にいた少女は、今はまるでその片鱗もなく無表情だ。さりとて濁った眼で悟りを開いているというわけでもな。それがきっと少女の平時で自然体なのだろう。

 初めて見るその姿に泣いていたのを忘れてさらに胸が高鳴る。微笑ではない姿をみれて特別感に浸ってしまう。


 「ありがとうございます。肝に銘じます」


 「もう二度と会うこともないでしょう。励んでください。お幸せに聖女様」


 相手の言葉を聞かず少女は背を向けて歩き出す。付き従う二人はそのまま少女の後を一定の距離と速度を保ってついていく。

 少女は幸せそうな顔をする聖女に対して、内心よくは思っていなかった。手ずから渡した花を失礼だと言って落としてくれて構わなかったし、無礼だと怒って誰かを呼んでくれても一向にかまわなかった。

 価値観の違う人間が渦巻くなかで、果たしてまたこの聖女はここでうずくまって泣くのだろうか。そんな弱気な姿を見せたら、すぐに食い物にされるというのに実に愚かだ。

 しかしあの可憐な女神のごとき様相であれば、誰も毒気を抜かれてしまうのだろう。


 「お嬢様、この花束、どうされますか」


 「捨てるおくわけにもいかないから、包装を変えてあの聖女にも匿名で贈りつけて。これくらいしか、出来ないもの。負の言葉を持つモノもないから丁度良いでしょう」


 「はい。かしこまりました」


 「珍しい。お嬢様がこんな感情的になるだなんて久しぶりではないですか。そんなことをしても意趣返しにはなりませんがね」

 メイドは畏れもしらないような風でからかうように言う。


 「婚約破棄された日に穏やかでいる務めはもう果たしたわ。良いのよ。自分にこんな人を嫌いになる醜い感情があると思わなかった。花束ごと忘却しておきたいの」

 「あの綺麗な聖女さまをお嫌いになられたのですか。同意いたしかねますね。マナーは悪かったですがお嬢様が嫌いになるほどではありませんでした」

 「アリアナ……人間の感情とは複雑怪奇ね。アナタが幼少から教えてくれていた意味がよく分かったわ」

 「それはよろしい御収穫です。私からの聖女様への好感度が上がってしまいました」

 「面白がっているようね」

 「お嬢様と穴掘りをした時分くらいの高揚感があります」

 「……懐かしい。そんなこともあったわね。よく出来た穴だった」

 「カリオン、感想はありますか」

 アリアナは話についていけなくなりつつある護衛騎士に話を振った。主人をおさえて主導するとはマナーも甚だしいが、この三人の在り方は、公的ではない場では割といつもそのような感じであった。


 「待ってください。今、言うことですか?……初めての出会いの?あれはお嬢様方の罠だったと?では、不躾ながらさきほどの、……」


 カリオンが続きを言わなかったのはアリアナは人差し指を立てて口元に持っていく仕草をしたからだった。その仕草は先を歩く少女には見えない。


 「なに、カリオン。感想の続きはないの」


 「次回作製の際は、浅くしてクッションを敷いてください」


 「善処するわ」


 「………お嬢様、花束の処遇でそれでよろしいのですね。御心を改めて、うかがってもよろしいでしょうか」

 アリアナは咳払いすると話題を戻す。その声は冷淡で感情は乗っていない。


 「意味もないのよ。この感情に。ただ、嫌いなの」


 少女は清々しくなにかを振り切ったような爽やかな笑顔でそう言う。

 そこには皮肉だとか憎悪だとかそういう負の感情は乗っていなかった。

 護衛騎士には主に伝えたほうがいいことがある気がしたが、彼は忠義を尽くす主がそういうのであれば、そういうものだろうと強引に納得する。久しぶりに見た年相応な笑顔をみられて安堵したのだ。これ以上関わらないほうがいいと判断した。この花束もさっさと手放せるならそれに越したことはない。主が幸せであればいいのだ。

 対して、メイドの表情はさきほどと代り映えせずなにを考えているのか外からは分からなかった。


 「これくらいしか、出来ないのよ」


 少女は初めて抱く激情をぶつけることができなかった。そのため、それだけしかできなかった。

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魚住さんと異世界事情──親友は元婚約者で親切な隣人は元聖女らしいですが、性転換していて状況がよく分かりません。── 寒咲 @samuzaki

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