第9話─護衛騎士2
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花咲さんは慌てた様子で、「なにを言っているんですか糸魚川さん。魚住さんに変な粉けかけないでくださいよ」と言っている。
糸魚川さんは、何食わぬ顔でさっきの発言を自身で言ったにも関わらずなかったことのようにスルーしている。これが大人になるということなのかもしれない。
「花咲の担当編集をしております」
「トモダチの魚住です」
平常心を心がけて返事をする。
「綿貫です。このカップ大切にします。お礼を言いに来ました」
綿貫はこのカップを返さず大切にすると決めたらしい。それならばもう面倒事にならないように頂くことにした方がよさそうだ。
「ありがとうございます」
「はい。よかったです。こんな可愛らしい隣人さんたちがいらしゃったんですね」
「糸魚川さん、部屋に戻っていてください」
花咲さんが引っ張っていった。
紙袋で顔を隠している綿貫が「この顔じゃ耐えられないから私は戻る」と言って部屋に帰って行ってしまった。
戻ってきた花咲さんは息が上がっている。言い争いでもしていたがごとくだ。無断で部屋を開けられるのはあまり歓迎される行為ではないので、仕方ないだろう。しかし担当編集が断りなくあけるということは、それほどまでに二人は親密であるというのも表れでもある。
「お待たせしました魚住さん」
このまま帰ってもよかったのだが時機を逸してしまった。引き際が分からない。押しかけられた花咲さんも分からないはずだ。
「お礼を言いに来ただけで。本当は返そうと思ったんですけど。いいですかね?」
「糸魚川さんが渡したものなら、俺に何かいう権利はないので」
「確かに。有難く使います」
「魚住さんは紅茶を飲まれるんですね」
「嫌いではないですね。綿貫は割合好きで」
「それに合うスコーンとかはいかがでしょうか。茶葉でも」
「そんな。いいですよ。お気を遣わず。先日はその。大丈夫ですか体調は」
「すっかりよくなりました。今日が日曜日でよかったです」
「なによりです。こちらこそ警察呼んじゃってすみません。対処できなくて」
「いえいえ。魚住さんはそれでいいんです」
何がいいのか分からないが、相手もよく分からずフォローしていることは分かる。
花咲さんの目線はところどころ泳いでいる。なにか焦っているような。なにか言いたげな様子だ。
「花咲さん、なにか困ったこととかありました」
我ながらド直球に聞いてしまう。迂遠な言い方ができればいいが、それとなく察することができるほど彼を知らないのだから致し方ないだろう。
「魚住さんは、騎士が現れたらどうするって質問、覚えています?」
今まさにさきほどの状況を思い出す。なかなかの混沌状態であった。
「覚えていますよ」
「もう一回、伺ってもいいですか」
「変わらないですよ」
「その騎士が、実家の歴史もあって仕事も出来る人であっても?」
「そこまでの設定があるならば、前世設定は蛇足ですよ」
「でも」
食い下がる花咲さんにはもう話題転換をくらわすしかない。
「花咲さん、うちの綿貫。糸魚川さんに一目惚れしちゃったみたいなんですよね」
「え。綿貫さんって人に恋する感覚あるんですね」
さらっと失礼だ。確かにあの綿貫が理屈抜きで惚れるという状況は私も目の当たりにするまで俄には信じがたかった。
「応援は一応する予定です。友達ですから」
「僕も、そうですね。出来るだけ」
「はい。ありがとうございます。花咲さん、前世とかそういうのはきっときっかけですよ。元夫婦が必ずくっつくなんて定石じゃなくていいんです」
「元夫婦………」
「次回作、楽しみにしています。糸魚川さんにお礼またお伝えください」
「はい」
元夫婦?とずっと呟く花咲さんをおいて、部屋へ戻る。
そういえば聖女は、レテシーと護衛騎士が最終的に夫婦になったというのを知らなかったのだっけ。知っていたのだろうか。あの様子では、綿貫の言うとおり知らなかったのだろう。仕事のできる王様だ。
そもそも、花咲さんは聖女の記憶があるのだろうか?
無意識だとしたら、彼は前世など関係なく……思考を先走るのはよくない。
とりあえず湯を沸かす綿貫の手伝いをすることにする。
紅茶用とカップ用。綿貫は楽しそうだ。
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