第8話─護衛騎士1

 糸魚川さんが持ってきたという品物は食べ物でもなかった。またタオルでもなかった。

それ以上のものだった。地味に嬉しいというものではなかった。


 「カワバタのティーカップセットじゃないか!魚住。これ、これは新作のやつだ。……型落ちじゃないぞこれ。まじ、これ………返したほうが良い」


 綿貫は包装を綺麗にたたんで、木箱をあけて慄いていた。

 度が過ぎている。ここまでの品物を渡される所以はない。

「これは綺麗だ」

 綿貫がうっとりしたりびっくりしたり慄いたり百面相のごとくになるのも頷ける。

 高級品をまじまじと見る機会も触る機会もないので、指で撫でる。つるつる。うっとりするほどきれいだ。このアパートの照明でも分かるきれいな光沢。


 「魚住、傷ついたらいけないから返しにくいよ。うわあほしい。これで飲みたい。でも釣り合う茶葉ないよ。でもインスタントでも美味しいよなこれ」

 珍しく焦っている。いいものは人を狂わせる。

 綿貫は葛藤している。


 「返すのやめる?」


 「魚住はこれを頂けるほどのことをしたと思う?」


 「思わないね。身に余る光栄だよ」


 「そういうときは返却一択だよ。惜しいけどね。花咲くん、意外と感覚狂ってるのかな。稼いでるから?」

 「どうだろう。花咲さんのことよく分からないから。今度来たら返すか」

 「今、返そうよ」

 「今?」

 綿貫は頷く。

 「すぐ使いたくなっちゃう。魚住が行きにくいなら、私返しに行くよ」

 居てもたってもいられないという感じだ。綿貫が行くというのならば止める義理立てはない。綿貫は私のジャージを羽織る。化粧をしているといえないほどの薄さであるが、もう素顔を何度も見られているので問題はないのだろう。私も今似たようなものである。

 「私も行こうかな。友達になっちゃったから」

 「殊勝な心掛けだね。さあ行くぜ!」

 立ち上がった綿貫は即行動!とばかりに玄関へ向かう。頼もしいことこの上ない。


 高価な荷物をもつのは綿貫に任せて立ち上がる。



 そういえば自分から花咲さんのもとへ訪れるのはこれが初めてな気がする。

 すぐ隣の扉の前に立つ。

 「押すのは魚住に任せるわ」と呑気なものである。

 ボタンを押し込むと聞きなれた音がくぐもって聞こえる。呼び出し鈴である。

 変に緊張する。


 『魚住さん!?……と綿貫さん?少し、一分ほどお待ちください』


 そのままモニターとの接続が切れた音。

 花咲さんの驚いた声と、ばたばたと駆け回る音がする。

 訪問が突然過ぎただろうか。さっきのさっきだから。

 いつも自分たちは素っぴんやルームウェアのことをほどほどにしか気にしていなかったのを恥じる。

 花咲さんはちゃんとした人だった。ちゃんとした人が酔って他人の家の前で潰れるかは置いておく。


 「花咲くん、焦っていたね」

 「わざわざ来るの初めてだからね」

 「なあるほどね」

 綿貫は楽しそうに笑っている。本来の目的を忘れたのだろうか。実のところ、受け取れないことを伝えてモニター越しに伝えて、置き配よろしくしておこうと思っていた。

 一分もたたないうちに、扉があく。

 しかし物音は途切れていない。


 「糸魚川さん!!」

 という花咲さんの悲痛な叫び声が聞こえる。


 「さきほどぶりです。お気に召しましたでしょうか」


 糸魚川さんは、期待の眼差しでこちらを見ている。背が高い。ちょっと年上の男性という感じだ。体格も細身に見えてしっかりしているとみる。


 「うそ、…………好き………」


 「え?」


 綿貫の方を見ると片手を口元にあてて呆然と糸魚川さんを見つめている。親友の突飛な言動に慣れてきたと思ったが、そう来るとは思わなかった。

 私は所謂、一目惚れという現場に立ち入り、突然の告白という場を目の当たりにしている。漫画でもないので、今の発言はしっかりと糸魚川さんに伝えられているだろう。


 「綿貫は大変気に入ったんですが、何分高価なものをいただくわけにはと思い」

 変に取り繕ったが、取り繕った感じにはならないだろうと思う。


 こんなわざとらしい取り繕いに乗るのが大人ということだろう。糸魚川さんは爽やかに笑ったままだ。自分たちより社会人をしている分、変人にも慣れているのだと思う。女性のあしらい方も心得てそうだ。浮名を流してそうな見た目でもある。


 綿貫の反応には見事にスルーしていた。


 「ぜひ受け取ってください。お二人に会えてそのカップはお二人にこそ相応しいと思いますので」


 「糸魚川さん。勝手に開けないでくれ。ああ、魚住さんいらっしゃい。初めてですよね。その昨晩はすみません。お詫びにお菓子を買ってこようと思っていたのですがまだご用意できていなくて、その……三人知り合いでした?」


 「ティーカップをいただいて。これ花咲さんからでは?」


 綿貫の持っている紙袋に目を落としてその存在を知らせる。花咲さんは困ったように笑い。糸魚川さんの方をみる。その相手は余裕の顔を全く崩していない。肩をすくめるまでしている。


 「独断でお選びしてお渡ししました。一目、お会いしたかったので。まさかレテシー様のモデルの方とお会い出来るとは思わず」


 「関係者だ」

 綿貫はつぶやいた。もう我に返ったらしい。


 「糸魚川さん。別に僕は浮かぶイメージを膨らましただけでモデルとかそんなのはないですよ。もう。あんまり魚住さんに作品のこと言わないでください。あまり知られたくなくて」


 花咲さんはすごい勢いで抗議しているがそれは耳に入らない。



 「御心が貴女の傍に在れて幸せに存じますって、……魚住さんにはもう意味不明ですよね。自己満足だったのです」



 本物の騎士だ。と。

 糸魚川さん、カリオンだった。

と驚愕の表情で綿貫を見る。特殊能力がなくても伝わるだろう。


 横の綿貫は紙袋で顔を隠していた。

 頬が真っ赤に染まっている。


 綿貫、前世からの恋はどうのこうのって言ってたのにやっぱり完全に惚れちゃっている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る