第7話─お詫びの人

 呼び鈴が鳴った。部屋前の音。


 綿貫は目の前で紅茶を数種淹れて疑似利き紅茶をしている。直ちに候補から外れる。

 すると限られる選択肢は身内と、花咲さん。

 身内ならばよっぽどのことがない限り事前に連絡が来るので除外して構わないだろう。

 火急の用というのはそうそうないと思われる。

 だとしたら、花咲さんしかいないだろう。大学に綿貫以外の友人はいるがアパートに招いたこともないし、来るとしてもこの呼び鈴は鳴らせない。


 「この間のお詫びかな」


 マグカップを持ち上げて香りを楽しんでいる綿貫は、のほんとしていて動じた様子もない。


 「警察は流石にまずかったかな」


 「いや良いでしょ。仕方ないさ。公的手段しか頼めなかったよ」


 あのあと花咲さんは近くのお巡りさんに任せて、私と綿貫は離席したのだった。


 そのあとどうなったかよく分からないがドア越しに別人物が登場していたので、友人を呼んだのかもしれない。すぐそこが彼の住処ですとは伝えたのだが何分、花咲さんは全く起きなかった。


 「出るか……。気まずいな」


 警察を呼びやがってというような人ではないので、そこは問題にしていないが公的機関を呼んでしまったのは気まずい。


 「億劫の間違いでしょうに。いってら」


 綿貫はこの部屋の主ではないので我関せずである。紅茶にジャムをいれて頷きながら飲んでいる。いちごジャムだ。


 「はーい」


 返事をしながらモニターをみて、返事をしながらモニターを見たことを後悔した。


 知らない人が映っている。スーツを着ている。リクルートスーツというものではなく、もっとこう着慣れた人が着崩したという風体だ。ネクタイは結んでいない。居留守を使えばよかった。

 なにか紙袋を携えている。

 そんな知り合いは皆無なので、お間違いだったのかもしれない。表札もないので、確かめようもないのだろう。連絡をとってインターフォンを鳴らすという工夫を初回ならした方がいいと思う。双方が気まずくなってしまう。


 『魚住さんのご自宅でお間違いないでしょうか』


 「………何か御用でしょうか」

 私に用だった。私の部屋で間違いなかったようだ。

 これは素直に答えるべきか迷った。不思議とモニター越しの人物へ不信感を覚えるようなこともなかった。

 名は名乗らず、要件を聞き返すことにする。カギはあけない。扉を開けるという気も相手には見せない。


 『隣の花咲の関係者です。昨晩はご迷惑をお掛けし大変申し訳ありませんでした。花咲はまだ気分が優れないようなので、私が代わりにお詫びの品を持って伺いました』


 「なるほど……花咲さんの関係者ですか」


 未だかつて、【〇〇の関係者】という自己紹介をしていただいたことがなかったのでピンとこない。家族でも友人でもないということか。

 なるほどの声が弱々しくなった。


 『花咲の見舞いにも来たものですから、ドアの前から鳴らしてしまって……』


 「はい。そのお詫びの品などは結構ですので。花咲さんにもよろしく伝えていただいて。お酒には気を付けてと、その友人からの、言葉です」


 『恐縮です。しかしながら、こちらはぜひとも。扉の横に置いてもよろしいでしょうか。不信でしたらまた花咲が話に参ります。這ってでも行かせますので』


 這うほどの距離は廊下にはない。ここまで言うということは、本当に安全な関係者ということだろうか。しかし部屋の中には見た目可憐な綿貫もいることだし、無暗に扉を開けるというのもよろしくない気がする。


 「では、置いてくだされば」


 知らない人に不要にものを受け取るのもいかがなものかと思うが相手に引く様子が見受けられない。問答も面倒だ。


 『はい』


 「ありがとうございます」


 『そんな。とんでもないお言葉です。今後も花咲をよろしくお願いいたします』


 「こちらこそ。その……」


 『名乗り遅れました。糸魚川と申します』


 「糸魚川さん。重ねてありがとうございました」


 「はい。お会いできて本当によかったです」


 会ってないがインターフォンでもこういう会話をするのが社会のルールのだろうか。


 学生なのでネットや教本に記されない社会人ローカルルールはよく分からない。


 「こちらもです。では」


 では、とこちらが締めて良いのか分からないが立ち去る時機もよく分からないので、相手が頷いて会釈したのをみてモニターを切った。


 「花咲くんの知り合い?」


 なんとなく単語は聴き取っていたらしい。


 カップを一つ渡されてそれを飲む。微かにレモンの香りがする。レモンティーだ。好きな味だった。それを見越したのかもしれない。


 「うん。関係者だって。関係者ってなんだろう」


 「出版社のヒトとか?」


 「そうか。そうだね。そういうことか。関係者ってなにやって思った」


 「社名とか言わないんだね。花咲くん自身は?」


 「具合悪いらしいよ。お詫びの品置いておくらしい」


 「後で見るとするか。腐り物とかでないのだろうね」


 タオルであったら地味に助かると綿貫はいう。持って帰る気はなくてここで使う気であろう。私もそれだと助かる。


 「花咲さん、お酒弱いの知らなかったな」


 「弱くはないと思うよ。部屋にボトル何個もあるし、飲み会でも介抱に回ってるの見た。相当飲んだのか。酔いが回っちゃったのか」


 「へえ。綿貫、花咲さんと飲みに行ってたの」


 「サークル関係とかでね。花咲くん顔広いんだよね。好青年じゃん。前世、聖女だし」


 「前世聖女関係ないけど。好青年だね。心配だけど、お見舞いとは別にいいよね」


 「うん。良いんじゃない。友達になったばかりで部屋に行くってのもさ。求めてないよ。顔合わせづらいだろうしね」


 「そうだね」

 すぐに結論が出る。

 なぜに出版社の人が出張ってきたのか分からないが花咲さんは誠意を見せたということだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る