第6話─手に負えないのでお任せます




 綿貫が話を聞かせろとばかりに身を乗り出してきたとき、呼び鈴が鳴る。これはオートロックを通り抜けたドア直前の音だ。


 モニターが自動でオンになる。


 そこに映っていたのは花咲さんだった。手にお皿を持っている。このタイミングでくるとは思わなかった。私は今日何回驚けばいいのだろうか。


 綿貫と顔を、見合わせる。顎をくいっと動かして家主が動けといってきた。


 ここを訪ねる花咲さんの目的は、私であっているのだろうか。


 さきほどの悪態も気になる。気分を害してしまったのなら、謝っておいたほうがいいのだろうか。




 「はーい」




 『不躾なんですけど、パイナップルがありまして、どうですか。綿貫さんもいらっしゃいますので多めにあります。さっき言えばよかったのですが剥いていなかったので』

 パイナップル。なんとも魅力的な差し入れだ。


 「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」


 ドアをあけると花咲さんはタッパーを差し出した。そこには二人で食べるには十分すぎるほど詰め込まれたパイナップル。思わず唾を飲みこむ。酸味が想像できた。おいしそうだ。


 「いやっほう。私は前世騎士のヤローがやってきたら、今の私が好きじゃなきゃ願い下げだよ」

 背後から私の肩に手を乗っけて綿貫が顔を出す。

 さも酔っ払いですみたいな絡み方をしだす。

 私から話が十分伝わったということを表しているようだ。花咲さんは困ったように綿貫をみている。

 さっきまでの通常運転はどうしたのだろうか。


 「すみません。綿貫、出来上がってて。その話してしまって」


 「お構いなく。綿貫さんの意見も何となく心に留めておきます」


 なんとなく、言葉に棘を感じたが追及するのは違うだろう。こんな風に酔っ払いに絡まれたら誰だって邪険にしたくなる。綿貫はわざとこんな態度をとっているのかもしれない。

 元妻が元婚約者に手を出す構図が気に入らない?

 そういう肝ではないので、単に私が誰かを好きになったら寂しいだけだろうということにしておこう。そのほうが可愛いく思えてくる。私はもう相関図が混乱している。

 「美味しそうなパイナップルありがとうございました。二人で美味しくいただきます」

 いえいえ、それでは、という流れのなか頭を下げて扉をしめようとする。


 「魚住さん」


 と呼び止められた。花咲さんは私の名前を呼んで、動きを止めるのが好きらしい。

 「どうしましたか花咲さん」

 型にはまったように呼び掛けると、花咲さんはまた嬉しそうに笑う。


 「僕、ずっと魚住さんと仲良くしたくて」


 聖女もそうだったのだろうか、思う。


 「でも魚住さんは距離が近くない方がお好きですよね」

 しゅんとした顔でこちらを見る。見る人が見れば庇護欲がそそられるのかもしれない。聖女にもそんな一面があった。


 「でも、綿貫さんには近いですよね。それは同性だからってのもあるでしょうが、魚住さんと俺が同性でもそうだとは限らないというか」

 一人称が混ざり合っている。共通すればいいのに。無意識なのだろうか。


 「花咲さん、どうしたんですか」


 要領を得ないので語気を強める。微かにお酒の匂いがした。

 おそらく花咲さんはお酒を飲んでいる。酔う姿を見たことがあまりないので、こういう風になるとは想像できなかった。嫌なことがあったのだろうか。あのクソという叫びと関連していたと思うと変に申し訳ない。


 「魚住さん、僕、あなたの友達になりたいんです………」


 「トモダチかーい!!!僕とは?僕とはどうなのさ」

 綿貫が花咲さんに近づいて腕を上げて肩をたたく。

 その一人称は王太子が出ているのか。それとも花咲さんの一人称を揶揄しているのか。おそらく前者だ。


 「あ、ごめん。綿貫さんとはもう友人のつもりだった。それ以上は、ちょっと別にという感じ」

 綿貫に対して敬語を遣わないというのは本当らしい。

 「おいおい。照れるね。であまいふれんど~。イエーイ」

 ハイタッチしだした。いえーい、ではない。そんな状況なのだろうか。よく分からなくなってきた。


 「どうです、か魚住さん」


 「はい。その、それはお断りする理由もないので。あはは。改めて友人になるって変ですね」


 この状況で、友達になりたくないとかいう人間はトチ狂っている。正気の沙汰ではない。この状況で友達に成ろうと言ってくる隣人もトチ狂っている。お酒の勢いは怖い。


 「ありがとうございます!」


 花咲さんは腕を広げて喜んだ。

 それにうなずいて、一瞬抱きしめられるかと怯んだがそんなことなく、花咲さんはへたりこんでしまった。

 そのまま目を閉じてしまう。


 「あ、やば。寝てるよ花咲くん」


 果敢にも綿貫は額をノックしている。コンコンといい音がする。

 花咲さんは反応しない。

 「変わり身早いな」

 「さほど酔っていないからね。私が正気だったら多分、パイナップル渡して終わりだったろうよ。ナイスフォローだろう」

 「いや話違う。応援しないんでしょ」

 「寝てたら色々思い出して。愛着も湧くもんだからね。おお別に愛の無い妻〜。よしよし。いいじゃん花咲君。本気だよ彼」

 酔っ払いよろしく頭を撫でているがなんの反応もない。


 「いや、友達になったばかり」


 「私と魚住は親友だから、格下ってところだね」


 「変に張り合わなくても綿貫といるのが一番だよ」


 「ほー?へー?ふーん。まあね」

 撫でていいよーと頭を下げてこっちに寄ってくる。気持ちよく酔っていらっしゃる。撫でておく。


 「照れんなって可愛いな。って、茶番はここまでにしてどうする」


 「二人で引きずるのも大変だしさ。もう、呼ぶしかないよね?」


 綿貫が手を上にして降参するポーズをする。

 それもそうだ。非力な女性二人どうしでこの部屋にあげるわけにもいかない。かといって無断で服をまさぐってカギを取り出して花咲さんのすぐ隣の部屋へ運ぶのも気が引ける。


 とりあえず警察を呼んで、丁重に帰ってもらうことにしたのだった。

 平和を守る公務の最中に大変申し訳ないと思った。


▼▼

【魚住さんのための整理】

花咲(男性)=聖女?(女性)、騎士?(男性)

綿貫(女性)=王太子(男性)

魚住(女性)=貴族ご令嬢レテシー(女性)


聖女と王太子は後に結婚。

レテシーは、王太子と婚約破棄。

後に平民となり、護衛騎士と結婚。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る