第2話─親友からの告白
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ほくほく笑顔の綿貫がやってきた。
「待っててくれたのかー!アスパラとかほうれん草とか。帆立もあるよ。バターで焼く?刺身でもいいって」
段ボールを掲げてきた綿貫の背後には誰もいない。そのまま部屋から出てきたのは一人らしい。ここまで来ても招く気もないのでよかったと思う。流石に花咲さんも部屋に入ったことはない。私も彼の部屋に入ったことは一度もない。機会はあったが、悉く綿貫が現れて、綿貫が解決していく。
「テンション高いね」
「でかい帆立だからね。ベロもあるんだよ。花咲くんが殻剥いて冷凍したやついただいた」
「おお。なんともそれはそれは」
「厚かましいよね」
「それはダメでしょ」
「そうだね。よくないね。よくない綿貫さんになっちゃったね」
「なってたね」
「花咲くんの部屋気にならない?」
「綿貫、一人で行かせてごめんね」
「いいよ。花咲くん危険度ないから。彼、相当変わっているよね」
「敬語だもんね。どうにかこうにかやりにくいなあ」
「うーん。知らないと思うけど、花咲くん、私と二人だけの時はタメだよ」
「え」
友人らしきグループと話すのをみるときはタメ口なので、変ではないが、綿貫と二人のときはタメ口とはどういう状況なのか。理解しがたい。
「ずっと言おうかなあどうしようかなーと思っていたんだけどね。あの小説、どうだった?」
真剣な顔で綿貫が強硬な話題転換を行う。話がよく飛ぶというのはよくあるが、こんな真剣な面持ちで転換されたことがなかったのでたじろぐ。
段ボールの中身を冷凍庫などに移し替える手が止まる。目が空中を踊る。
「まー、文学部の端くれとしてラノベがどうこうとかいうわけもなく、私もラノベが嫌いなわけではないけど」
「レテシーと聖女サラってどうにも意味不明な関係性だよね。正直、レテシーは、サラに対して、冷たく当たりはしないけれど、積極的に近づいて手助けとかする必要なくない?」
珍しく負の方向にまくし立てる綿貫。そのまま私の手をとる。手に持ったナスを落としてしまった。
「うん。なんでわかるの綿貫。私の感想」
「あれ、嘘ばっかの願望だだもれご都合ストーリーなの。作者の正気を疑う。狂気を感じたね。それで、やっぱり、そうなんだなって確信したし、私は」
「痛いよ綿貫」
「ごめん」
親友のこういう姿を見たくなくて、痛くもないのに言葉を遮る。
我に返ったような表情をすると顔をうつむかせ、相手は私の手を離した。
「……でもあの本、割と流行っているんだよ」
でも、と続けるということは、まだ言いたいことが残っているのだろう。読み進めていない部分にまだ酷評する箇所があるのだろうか。綿貫にしては珍しい。
「らしいよね。本屋で展開されてたのみたよ。有名なラノベのレーベルじゃないし。表紙も簡素なのに。作者の拘りかな」
「絵がつくと、イメージ壊れるんだって」
「へえ。堅気なんだね作者さん」
「さっき聞いた」
「へえ。さっきねえ。まるで花咲さんに聞いたみたいだ」
「ま、そうなんだよね。花咲くんだからね」
「おお、そうなの。花咲さん、小説家さんか。知らなかった。知らなくてもよかったな。知らないことにしておこうかな」
「それでもいいだろうね。言わないだろうし。それがいいよ」
綿貫はうんうん頷く。そのまま箱の中を仕分けして、大きな音で段ボールを潰す。
急な話題変更に思えたそれは実は本筋だったらしい。まさかあの花咲さんが小説家だったとは思わなかった。あの作品は別段、新人賞とかでもなかったはずだ。身近に物書きがいたのには大層驚いたし、それがあの花咲さんとは思わなかった。すごいなあと思うと同時に、ほっとする自分がいる。それは悪い私だ。花咲さんを苦手だと思える理由の一つが分かって安心してしまったのだ。なんとも情けない。
「花咲さん、異世界転生書く顔していないよね」
場を和ませるように話題を振ると綿貫はうーんうーんと唸る。
さきほど、作家の狂気性についてうんたら言っていたというのを忘れかける。綿貫は特段、花咲さんを嫌っている様子はこれまでなかった。さきほどの態度は、ほんの少し棘があったように思えるので、それほどまでに小説の内容が気にくわなかったのかもしれない。作品、その作家を酷評しても花咲さん自身を落とすようなことはしないだろうし、このままフォローの言葉がくるだろうと思っていた。
「花咲くん、聖女なんだよね」
絶句である。まるで想定しいない。もし本を読んでいたら頁が飛んでいないか確認するし、校閲の仕事を疑う。現実はそんなことはないので、言った本人を疑うしかない。
割と突飛な言動をする友人だと常々思っていたがついに初夏、頭がぶっ壊れたのか。私の聞き違いなのか。聖なる女と書いて聖女?花咲さんは、男性だと思う。けれど、これまでの若干の距離の近さからみて、もしかしたら認知性別は女性だったのかもしれない。体格や服装は男性であったが、それならばうなずける。あそこまで、人のいい花咲さんはそうであっても納得できるし、そうであるならば今までより親しくなれる気がするではないか。
身体が固まりながら思考を続ける私に綿貫の顔が近づく。あわやゼロ距離になりそうなほど近づいてきて、互いの額があたる。
「レテシーではなくなった君に、近づいてくるサラ。僕は、どうしても真意が掴めなかったんだよね」
額が離れる。綿貫だった人が、顔はそのまま綿貫だったのに、誰か別の人物と重なっていくようにみえる。顔つきは日本人のそれではないのに、綿貫に似ている。既視感というやつだろうか。
「最初は僕に寄ってきたかと思ったけど、違うんだよ。気づいていなんだこれが。おそらく無意識だったんだよ花咲くん」
花咲くん、という単語を発した途端、雰囲気がいつもの綿貫に戻った。
「異世界転生した聖女だったんだよ彼は。それが前世なのか異世界前世なのかそれは神のみぞだけど」
「なにその変な小説みたいな設定」
「一つ、加えると、私はさっき異世界転生したっぽいのね」
「さっき?綿貫じゃないの?」
頭打ったのか。スマホを構える。さきほどの変貌が頭から離れない。この話し方やトーンは間違いなくわが友綿貫に相違ないはずだ。
「転生っていうか溶け合ったというか。さっきまで死の間近だったのにアイスキャンディー食べて魚住のところにいく準備してたの。記憶も十全で。それで吃驚のなんの。私は私になってるし、変な小説に心ざわつかせて親友に貸しちゃってるしね」
「綿貫は綿貫なの?」
「うん。あの小説で例えると、聖女とラブストーリー繰り広げる王太子だね」
「頭冷やそうか。熱中症なのよ綿貫。レポート終わってないからって非現実的過ぎる。転生出来ないからって転生したことにするなんて破綻しているよ」
「聞いて魚住」
「どうした綿貫さん。スポドリ注ぐから待ってな」
綿貫が私の腕を引く。
鼓動が早い。
妙に納得している自分がいるのが怖い。
振り向くと綿貫は、まだ真剣な顔をしている。しっかり化粧もしていてどこに出しても恥ずかしくない可愛さを備えている。猫っぽい瞳が真っすぐ私を見据える。綿貫がキャラ変更して僕っ娘になったら割と需要はあるのかもしれない。
「大丈夫、恋愛感情はないし、魚住に対しては親愛しかない。それでなんで唐突にこれを思い出しか分からないんだけど、ある種の危機感かもしれない。思い出すまで綿貫は花咲君を応援した気持ちが残っているの。親友をとられるのは癪だけど、あんなにいい人ならってね」
「まるで花咲さんから好意があるみたいな」
「花咲くんの態度見ればね。でも、花咲くん、あいつはやめよう」
「やめようって、私にそんな気はないからやめるもなにも」
「もう外堀が埋まってきてるもん」
「もん、って」
「聖女のときからそうだった。サラはずっとレテシーに恋焦がれてた」
「……知らんけど」
「あの世界観で同性愛は男性間しかなかったからね」
「あー男妾いたもんね」
自分の中に突如、記憶が溢れた。王太子の男妾。
現代では突飛なものであるが、その時代その場所の価値観を、今現在を生きる私たちの常識で当てはめるのは間違っている。その時代の常識と価値観をこちらに押し付けられるのも迷惑だろう。逆もしかりだ。そういう風に、切り離された価値観と記憶。その世界ではそれがそうだった。それで片付く思考と世論。
「それは置いておいて」
「うん」
「サラは皇太子の支配下に置いたの。協会勢力とのバランスをとるためだね。結果的にそれでレテシーと遠ざけた。割り切った関係だったし、その王太子であった僕?私が愛していたのは、そのあれだったし」
「……置いておこうか」
「うん。そうしよう。とにかく、聖女はその未練が断ててないのかも」
「なるほど。なるほど?」
分かっていなかった。分かったふりをして続けたかったが、話を先導出来ないのであきらめる。スポドリをなみなみ注ぎなおし渡す。綿貫は喉を鳴らしながら飲む。
喉は相当乾いていたとみえる。
こうも前世だか異世界だか分からないけれど、因縁ある人物相関が現代日本に固まるとは、実に摩訶不思議だ。これこそご都合主義。
「判別がつかないのよ。それってさ、花咲くんが魚住を好きなん?それとも、魚住がレテシーの魂だからサラとして惹かれちゃったの?って」
魂って真剣にいう人間、ドラマの演技以外で初めて見る。本人はいたって真面目なので、そこで茶化すことは憚られる。自分にもスポドリを注ぎそれを仰ぐ。
「惹かれたら、もう仕方なしが物語の定石では」
「他人事だね魚住くん」
「新作小説の設定を聞かれている感覚だからね。綿貫君。私、別に花咲さんに惹かれてないし」
「私は、魚住の親友だから魚住が良ければいいのだけれど」
「うん」
「花咲くんのこと個人的に応援はやめた綿貫さんってのを宣言します」
「はいはい。そんな事態起こってたことを知らなかったよ。それを花咲さんに言ったの?夢物語みたいな」
「いや、さすがにアナタ聖女でしたよ?と言えるほど狂ってないよ」
「こわー。いやーさっきの綿貫さんなら言ってそうでしたよ」
「えー、うん。まあ、言ってないけど、魚住以外にもいい女いっぱいいるって言ってみた」
「えっこわ。綿貫こわいよ。花咲さんそんな話いきなりされて引いてたんじゃない。好意あるかも分からないのに」
「それはあるよ。そしたら花咲くん笑顔で『はい?』って素の敬語なのね」
「普段、ため口なんだっけ」
「そう。『綿貫さん、それだけ持って余計なことを魚住さんに言わないでね』って」
「綿貫さん」
「うん。フェアじゃなくなるからさ」
「何に対して平等なの」
「自分かな。綿貫と綿貫イン僕」
「ほー。それはまた壮大だ。あーあなんかレポートやる気起きないな。明日も休みだし。うーん。レテシーね。そうだ。私がレテシーなら護衛騎士にでも恋しそうなんだけど」
「まあね。そうだろうね。親友ポジも世話係のが適切だったろうにね」
「でも実際、こうして気心が知れているのは、綿貫だったしまるでIFだね」
「確かに。こうある未来があったのかもみたいな」
綿貫は寝っ転がる。もうレポートを共同して行う気力は相手にもないらしい。
「綿貫~、アスパラ茹でるのをお願いしていい」
「いいぜ。元王族の力、見せてやるぜご令嬢」
と寒いジョークをかまして綿貫は起き上がりエプロンを身に着けた。そういう行儀のいい育ちのいいところが、そうらしいな思う。王族、調理場で作業しないだろうが。
「あー、マヨが切れている。私あんまり使わないからなあ。ちょっとそこで買ってくるわ」
近い場所に薬局がある。出てすぐの場所だ。早めに気づけば、綿貫に頼んでおけたが仕方ない。
「じゃあアイスも~」
「はーい」
連れ立っていく必要性もないので、という距離感がよい。きっと綿貫はどの時代であっても自分にとってよき友になったのだと思う。
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