第二章 連邦首都アルステイラ
第1話 見知らぬ、天井
「あえ……?」
気がつくと俺は1人ベッドで仰向けに寝ていた。
これ……アレか。「…知らない天井だ」ってやつ。
部屋を照らすのは月明かりと枕横の間接照明のみなので少々薄暗い。
俺は眠い目をこすりながら上半身だけをムクッと起き上がらせて状況を確認する。
まず服が変わってるな…。今まで着ていた令嬢服ではなく、襟元に白いレースがあしらわれた水色のパジャマ――ルームワンピと呼ばれるものだったか――に着替えさせられていた。
部屋はクラシカルな西洋風ホテルの一室を思わせる雰囲気で広さはそこそこ。
家具はベッド、収納、鏡、時計というような寝室に最低限必要そうなものしか置かれていない。
…この体勢で分かるのはこれくらいか。ずっと寝ていてもしょうがないのでそろそろ起き上がろう。
俺はベッドから抜け出してすぐ窓の外を眺めた。
「…広っ!」
景色からして俺が居る部屋は5階かそこらだろうか。思わず声に出してしまう程に広大な石造りの広場が目に飛び込んでくる。余りにも美しく、精緻に設計されているのでそこら中に目移りしてしまうが、その中でも特に目を惹くのは中央に聳える巨大な石像。
威厳溢れるその姿に俺は見覚えがあった。
まあ、記憶が混ざっているだけで実際に見覚えがあるのは俺自身じゃなくてアリアネなんだけど。
アルデシリア・エミルド・シャーネリエ・ド・ラウレンス。
連邦創設の父であり、初代連邦大統領を務めた人物。
この巨像、アルデシリア像は彼の功績を称える為に造られたものだ。
そしてアルデシリア像があるということは、俺が今いる建物の正体も自ずと分かってくる。
オキュラス本部。
連邦首都アルステイラの中央部に位置する、国家機関
簡単に言うと、霞ヶ関にある官公庁舎が全部1つにまとまったような建物。
もっと簡単に言うと、もんのすごく偉い人たちが集まるもんのすごくデカい建物。
んで、アルデシリア像がこの角度で見えるってことは……ここは“秩序の目”の官舎区画だな。連邦の公務員さんが家賃を払って寝泊まりしている部屋に無料で休ませてもらってたのか。ちょっと申し訳ないな。
窓の外を見終えた俺はふと時計を確認する。壁に掛けてあるソレは3時10分を示していた。
しかし変な時間に目が覚めちゃったなあ…。なんてことを考えながら、小さな音をたてて時を刻む秒針をぼんやりと眺めていると不意に尿意が込み上げてきた。
……トイレ行くか。
俺は音をたてぬようゆっくり扉を開けて廊下に出る。さて、トイレは何処にあるのかな。
左右を確認してみるもそれらしき所はない。
探すの面倒くさいな…そうだ、ここはいっちょ誘導灯さんに任せてみるか。標識を具体的に連想していなければ状況に応じた丁度いいモノを出してくれるというのは確認済み。試してみる価値はあるな。
怠惰の極みのような思考を巡らせながら右手に誘導灯を具現化させる。薄暗い廊下をオレンジ色に淡く照らすソレをブンッと振り下ろすと、そこに現れたのは……
「……トイレのピクトグラム?」
見慣れた青色と赤色のシンボルが目の前に現れる。そういえばコレも道路標識のカテゴリーに入ってたっけ。
そして今までのルールに則るとコレで具現化するのは、もしや……
いやな予感は的中。
廊下のど真ん中に現代的な洋式トイレが1つ現れたのだ。しかも「さあ、使ってください」と言わんばかりにフタが開いた状態で。
いや、ココでする訳ないだろ!!いくら誰もいない夜中だからって廊下のど真ん中で用を足すとか変態が過ぎる!アリアネを痴女にする訳にはいかない、横着せずにトイレを探そう……。
月明かりが差す長い廊下をあてもなく歩く。窓枠が床に投射する十字の影を踏んだり、踏まなかったり、踏んだり、また踏んだり……と何も考えずぼんやりと進んでいると
「あ、あった」
異世界の文字で『トイレ』と書かれた扉だ。よしよし、コレでようやく用が足せるぞ。
ドアノブに手を伸ばし扉を開けようとしたそのとき、突然誰かに肩を掴まれた。
ビックリして振り向くと、そこにはパジャマ姿のフィーラが立っていた。
今の俺が着ているのと同じルームワンピだ。色は緑だから違うけど。
フリフリの付いた袖を口元に当てながらフィーラは小さな声で囁く。
「ちょっと、アリアネちゃん何してるの!」
「え、何ってトイレだけど」
「そっち男子トイレでしょ!」
「あ」
しまった、つい癖で…今の俺は女だったな。というか、よく考えると俺の身体には
「もう……寝ぼけすぎよ。まあ魔力切れ起こして疲れてるのは分かるけど」
「ごめんごめん…あとさ、寝ぼけすぎてトイレの仕方忘れちゃったんだけど…フィーラって普段どうやってるの?」
「は、はい!?何言ってるの!?…普通にすれば良いじゃない普通に」
生前のオッサン状態で言っていればセクハラ案件確実の質問にフィーラは冷たく答える。
普通にか……まあそう答えるよな。逆の立場だったら俺もそう言うだろうし。
フィーラに「冗談だよ」と言って誤魔化した俺は、彼女の言葉通り普通に用を足した。
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