第3話 ドロシー・ファンデンベルクの誤謬

 ファンデンベルク家の計画は概ね順調だった。

 まずフィクトルはカウディア半島最大級の暗殺組織“無貌”にロンバード家の襲撃を依頼し、同家を壊滅させた。ジーナにはとどめを刺す前に川へ飛び込まれたため殺しきることはできなかったが、かなりの重傷を負わせていたのでまず助からないだろう、というのが“無貌”の見解であった。

 そしてその罪をアリアネに擦り付けるというのは、帝国上層部による巧みな印象操作と母エレーナの公開処刑によって成就した。


 あとはアリアネの転送を待ち構え、捕らえ、帝国内で処刑するのみ。

 前の2つに比べればかなり楽な作業だ。

 コレを担当しているのはアリアネに転移魔術をかけたドロシー。彼女はアリアネを極限にまで苦しめたやりたかったので、『殺さなければ何をしても良い』と指示した暴漢たちを転送先に配置したのだ。


 普通にやれば失敗するはずのない、『魔術を扱えない小娘の捕縛』という作業。

 誰もが成功を確信していたこの最後の工程は、定職無し彼女無し貯金無しのオッサン(36)が突然転生してきたことによって崩壊する。




「お父様!!」ドロシーが勢いよく扉を開けた。要件はもちろん計画の失敗についてだ。


「どうしたんだドロシー。貴様がそこまで焦るとは珍し――」

「計画が失敗しましたわ!!」


 フィクトルは沈黙した。目を大きく見開き、信じられないという表情のまま数秒固まったのち口を開く。


「……具体的に、どうしくじったのだ」

「転送先にアリアネがいませんでしたわ…私が用意しておいた人間も大きな岩の下敷きになって死んでいましたの……もう何が何やら…」

「そうか……」


 フィクトルはゆっくりと椅子から立ち上がり、ドロシーの方へゆっくりと近づいてくる。彼女の目の前にまで迫った後、顔を近づけ


「つまり逃がしたわけだな?ドロシー」と怒りに震えた声を喉から絞り出した。


「か、必ず見つけ出して捕らえて見せます!!何が起こったかは分かりませんが、きっと遠くまではいってないはず!まずは連邦を捜索し――」

「貴様に口を動かしている暇があるのか?」

「……ッ!?」


 フィクトルの表情は全く変わらない。まるで仮面を被っているかのような不気味さ。恐怖を感じたドロシーは顔を真っ青に染め、アリアネを見つけるべく転移魔術により部屋を去った。


 部屋に静寂が訪れる。そしてその静寂を切り裂いたのは憤怒に満ちた怒号であった。


「執事長!!そこにいるんだろう!部屋に入ってこい!!」


 ドロシーが開けっ放しにしていた入り口から白髪の老人が現れる。


「はッ、フィクトル様、ご用件はなんでし――」

「”無貌”の幹部共に至急伝えろ!!生死は問わん、何としてでもアリアネを見つけて我の元へ連れてこいとな!!」

「報酬はいかがなされますか?」

「早い者勝ちだ!!依頼を果たしたものには金を望むだけくれてやる!!」


 この瞬間、アリアネ・ファンデンベルクは裏社会から狙われる賞金首となる。

 しかし彼女、いやはそんなこと知る由も無く、とある場所で吞気に寝ているのであった。

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