第2話 最悪の当主
フィクトル・ファンデンベルクは優秀な魔術師ではあったが、優秀な
さらにフィクトルは、聖女選に
『当代聖女が亡くなったタイミングで実施される』
『立候補を持つのは成人してから3年以内の女性』という条件があるのにも関わらず子をこさえるタイミングもロクに考えていなかったので、あわや立候補権を持つ娘がいないまま聖女選を迎えるところであったことから、兄弟や親戚からもコイツ本当に大丈夫かしら?と心配される始末であった。本人は全く気付いていなかったようだが。
そして、後先考えず感情のままに行動する無能ではあるが変に
―――――――――――――
「……ソレで、父さん。姉ちゃん追い出したは良いけどコレからどうすんの?」
ドロシーによる転移魔術が発動して静まり返った室内に、4男アーヴィンの声が響く。
「………これから考えるさ」フィクトルのこの言葉に、
フィクトルの独裁により"
「ドロシー、キチンと魔法陣に【
長男のメイナードがドロシーに尋ねる。当主がこのありさまなので家の中でのメイナードの評価は相対的に高い。今すぐにでも当主の座を譲るべきでないか、なんて声も上がるほどだ。勿論そんなこと言えるはずもないのだが。
「ええ、もちろんよ。今からちょうど4日後に転移が完了するわ。転移先の座標も後で自由に設定できるようにしておいたから安心してちょうだい」
「…話し合う猶予はたっぷりある、という訳か」
権力者は既得権益を守る為であれば普段より何倍も高いやる気を出すもの。
ファンデンベルク家により開かれたこの自己保身会議は、面白いほどスムーズに進んだ。
会議がひと段落したところで、まとめ役の長男メイナードが話し合いの結果を確認する。
「……つまり、明日の夜中にロンバード家へ刺客を送り込み一家全員を始末。そしてその責任をアリアネに擦り付け周辺国家へ指名手配をする。事件の内容が十分に広まったであろう襲撃から3日後のタイミング、つまりアリアネの転移が完了した所で我々が彼女を捕らえて、公開処刑……世論によっては、あわよくばファンデンベルク家から聖女を再選定する流れに持っていく…という手筈で進めるってことだな?」
かなり都合の良い計画のように思えるが、この一家にとっては造作もないことである。何せファンデンベルク家は11代連続で帝国№2の立場を独占してきた一家、帝国における最高決定権を持つ上層部とズブズブの関係なのだ。普通ならこなせない計画もパワープレイでごり押せるほどの権力を持っている。帝国上層部からしても、次代聖女の座がロンバード家に渡ることによって既得権益を失うのは避けたい、という事情があるので積極的に協力してくれるという訳だ。
「大まかにはソレで大丈夫じゃない?」三女のミナが同意する。「それと転移場所で提案!連邦のラトネ大森林なんか良いと思うわ。あそこって逃亡犯の潜伏場所として有名でしょ?丁度いいじゃない」
ドロシーは頷き「そうね、大森林にしましょう。あそこだと何したってバレませんもの」と不敵な笑みを浮かべる。
「後は…父母上に向けられるであろう批判への対処方法か。実の娘が大量殺人を犯したとなれば親が何かしらの責任を取るべき、っていう声は絶対に上がる。コレをどうするかが問題だな」
「実の娘を責任もって始末する、というだけでは足りんのか?メイナードよ」
「ええ、まあそうでしょうね………最悪、父上が当主の座から降りることになるやもしれません」
「ソレは避けたいな…」と腕を組みながら椅子に深くもたれかかるフィクトル。
余りにも淡白に話し合うものなので忘れそうになるが、コレを話し合っているのは全員"血のつながった家族"である。「実の家族を追放した挙句、殺人犯として処刑する」というショッキングな内容の話し合いを顔色一つ変えずに行えるというのが、この一家が如何に狂っているかを如実に表している。
すると部屋の扉がギイッと開き
「………皆様方、取り敢えず関係の深い帝国上層部には事情を説明しておきました。全員力を貸してくださるそうです」と席を外していた親戚の1人から報告が入る。
「ではその流れで計画を進めよう」メイナードが扉の方を振り向き応える。
そして続けて「……父上、口封じのため現在集まっていない侍女達は殺しておきますか?」とフィクトルの方へ向き直るが
「………………………」
フィクトルは腕を組んだまま何か考え込むように黙っている。
「……父上?どうしま――――」
「――そうだ、貴様が責任をとればいいんだ」
無言だったフィクトルは突然口を開き、とある人物を指さした。
その人物とは自らの妻、つまりアリアネ達の母親であるエレーナであった。唯一この話し合いに乗り気でなく、アリアネの追放が決まったときに泣きながらフィクトルに考え直すように求めた人物である。ソレに対してフィクトルは魔術をぶつけて無理やり黙らせたので、彼女の顔には痛々しい傷が残っている。
指をさされたエレーナは驚愕した様子だ。部屋に居る他の家族親戚も流石にざわついている。
「わ、私が責任って一体―――」
「我は貴様の魔術の才能を見込んで婚約してやったんだ!!ファンデンベルク家の血に相応しい相手だと!ソレにも関わらず魔術を全く扱えないような子を産み、我が血に泥を塗った!」
「なっ…!私が悪いって言うんですか!?」
「ああそうだとも。蛙の子は蛙、出来損ないからは出来損ないしか生まれん。我は完璧な存在であるから当然出来損ないには当てはまらない。となれば!混ざった血が我の至高なる血を汚す程に出来が悪かったと考える他ないだろう!!」
滅茶苦茶な論理で責任転嫁したフィクトル。
実は、彼が一番気に入らなかったのは『アリアネが聖女選に敗れた』ではなく『アリアネが全く魔術を扱えない人間だった』という点だった。
優れた魔術の才能を持った完璧な存在である自分の子種から、アリアネのような娘が生まれたという事実は彼の尊大なプライドをひどく傷つけたのだ。
「と、父さん?責任を母さんに取らせるっていうのはちょっと…」
「そうです父上、少し冷静に――」
アーヴィンとメイナードが諭そうとしたところ、突然部屋全体が地震が起きたかのように揺れ始めた。フィクトルが魔力を放出したのだ。
「なんだ?貴様ら…我に逆らおうというのか?」
全身から魔力を迸らせ息子たちを威圧するフィクトル。
その恐ろしさに2人は「いえ…違います」と膝をついた。ざわついていた他の親戚たちも口を閉じる。
「公開処刑の手配をしろ。この女を、アリアネをそそのかし凶行に手を染めさせた張本人だとして晒し首にする。娘の凶行を実の母が死をもって償えば、民衆共も納得するだろう」
フィクトルはそう言うと椅子から立ち上がった。
顔に冷汗を浮かべている者たちの前をゆっくりと通り過ぎていく。
「帝国上層部にも伝えておけ、処刑する人間が1人増えたとな」
部屋を出る直前周りにそう告げ、彼は扉の向こうへ消えた。
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