第2話 暗殺者さん、いらっしゃい!

トイレから出た俺は、手に付いた水滴をパッパッと振り落としながらフィーラに話しかける。


「お待たせ~。……というか、こんな時間に起きてるなんてどうしたんだ?」

「…ちょっと眠れなくて」そう答えるフィーラの顔は何処か物憂げだ。「だから夜風にあたって気分転換しようと思ってたんだけど……アリアネちゃんが男子トイレに入ろうとしてるのが見えたから急いで止めたの」

「良い気分転換になっただろ?」

「なってないわよ!」フィーラは頬をプクッと膨らませる。


「じゃあ折角だし俺も外で涼んでこようかな。長いこと寝てたから大して眠くないし」

「ほんと!?ソレなら一緒に行きましょう!」


 俺たちは階段を下りていく。日中であれば舎内を自由に移動できる転移魔法陣が起動しているのだが、あいにく今は草木も眠る丑三つ時。自らの足で出口を目指すしかない。


「しっかし広いなあ……目につく廊下の一本一本の果てが全然見えないぞ」

「徒歩で移動することを想定して作られてないのよ、ここ。」

「転移魔法陣ありきってことか…随分贅沢な施設だな」

「ソレは国民みんなが思っていることよ。アリアネちゃんはここが周りから何て呼ばれてるか知ってる?連邦の蛇口よ、連邦の蛇口。税金から魔力まで、開けっ放しの蛇口から出る水みたいに無駄遣いしてるから~って」

「ええ…結構な言われようだな…」


 どこの世界でも政府は憎まれ役なんだな…お察しします。

 

 と、こんな感じに他愛もない話をしながら歩くこと数分、俺たちはようやっとこの馬鹿でかい建物から出ることができた。


 外に広がるのは俺が部屋から見た広場とは反対側の区画だ。見栄えを重視していた先ほどの広場とは違い、レンガ製の広い通路に沿って実用性を重視した施設が立ち並んでいる。


 「夜風が気持ち~!」などとありがちな感想を漏らしながら夜の道を散歩していると、ある1つの施設が俺の目に留まった。古代ギリシャのコロッセウムを綺麗に修復したような円形の建物だ。しかもだいぶデカい。


「ここは?」

「修練場よ。オキュラスの戦闘員が模擬戦だったりの実践訓練を行う場所ね」

「なるほど、訓練施設か…」

「興味あるの?アリアネちゃん」そう問いかけるフィーラの声にはどこか期待がこもっているような気がした。…そういえば、ジャッジが大森林でフィーラのことを『戦闘狂』だとかって呼んでたっけ。


「正直…興味はあるね。大森林での皆の戦いぶりを見てたら、俺ももっと実力を付けたいなって…」


 ソレに、俺を追放した外道家族にも復讐してやりたいしな。


「アリアネちゃんは今の時点でも十分強いけど、魔力操作とかは粗削りだったからまだまだ伸びしろあるわよ!」そう言うとフィーラは少し考える素振りを見せ「…基礎の部分をもっと詰めていけば、私やユーバックなんてすぐ追い抜かしちゃうかも」と呟いた。


 2人を追い抜かせる…か。オレにとっちゃユーバックもフィーラも規格外の魔術師なんだけど、本当にできるのかな?

 魔力操作についてはアリアネの勤勉さのおかげで頭では理解しているのだが、如何せん実戦したことがないから感覚が分からない。


 魔術を扱う上で必須のエネルギー、魔力。俺が転生してくる前のアリアネのような魔術の才能が全く無い人間、とかではない限りどんな生物の体内にも流れている。俺はその魔力を知覚できていなかった為に、大森林で魔術を使いすぎて魔力切れを起こし気絶したのだ。


「……魔力操作の感覚なんて分からないよ!って顔してるわね」

「どんな顔だよ…まあ正解なんだけど」

「ふふん♪私には何でもお見通しなのよ!」と言いながらフィーラは腰に両手を当てエッヘンのポーズを取った。そして


「…どう?今から練習してみる?」と首を傾ける。

「え、良いのか?」

「うん!黙って夜風にあたるよりも良い気分転換になりそう!ソレに私、戦うの大好きだし!」


 フィーラは快活にニコッと笑って見せた。


「そういうことならお言葉に甘えて…ご教授お願い致します、先生」

「は~い!…ではアリアネ君、私に付いてきなさい!」


 俺はフィーラに連れられて修練場の中に入っていく。内装は殆ど想像通りで、映画や漫画で出てくるコロッセウムと同じような感じだ。円形の闘技場の中心にたどり着くとフィーラは話し出す。


「じゃあまずは体内を流れる魔力を認識するところからね!アリアネちゃん、こっち来て!」

「はいはい~」


 フィーラは俺の胸に手を当てた。すると体の中にが流れ込んでくるような感覚が生じる。


「な、なんだこれ…!?」

「今、私の魔力をアリアネちゃんに流し込んだの。どう?全身を巡っている感覚、分かる?」


 言われてみれば確かに。液状の流動体が血液のように全身を循環している感じがする。なるほど、コレが魔力ね……異物感があってちょっと気持ち悪いな。


「うん、なんとなくだけど分かるよ」

「今はまだ私が流した魔力しか知覚できてないだろうけど、時間が経てばアリアネちゃん自身の魔力も分かるようになるはずよ。まあ慣れの問題ね」


 目を瞑り魔力の流れに全神経を集中させる。頭や腹などの中枢部だけでなく、指などの末端部にまで余すことなく流れているな。

 魔力は何もしなければ体の中をグルグル廻っているだけだが、意識して1つの場所に留めたりすればその部位の身体能力や防御力を上げることができる。最も初歩的な魔力操作だ。

 

 足に集中して……留める。次は右手に……そして小指だけ……。

 ……うん、昨日までは魔力が巡っている感覚が分からなくて何もできなかったけど、今ならできるぞ。フィーラに補助してもらったというのもあるけど、一番は才能が無いながらも健気にイメトレを積んでいたアリアネの記憶のおかげだな。何だか良いとこどりみたいで申し訳ないけど。


「あれ、アリアネちゃんすっかり出来てるじゃない!体内の魔力操作!呑み込み速い!」フィーラは俺に拍手を贈ってくれた。


「だけどココからが本番よ!体内で練った魔力を体外に放出するの!コレができてやっと魔術師としての第一歩に――」

「こんな感じ?」


 俺は小学生の頃友達と一緒にやっていたかめ〇め波の練習と同じ感覚で手に力を込めそこから魔力を射出した。俺の右手から出た魔力の塊は闘技場の壁に当たり土煙を上げながら爆ぜる。

 ガキの頃の俺……特訓は無駄じゃなかったぞ……36歳にして俺はカカ〇ットになれたぞ……

 

 パラパラと粉塵が落ちる様子を眺めながらフィーラは

「いや…本当に呑み込み速いわね。魔術に目覚めてから2日目とは思えない…」と呟く。

「でも、この技術が俺にとってそこまで役立つとは思えないんだよな~。だってほら」


 俺は誘導灯を一振りして<落石注意>を召喚する。具現化した巨大な岩が4つ落下するのを尻目に

「こんな感じで、特に魔力とかを意識せずともこの棒を振るだけで魔術が使えるんだ」

「う~ん、アリアネちゃんのソレって、多分天賦魔術よね」


 てんぷまじゅつ?………ああ、知ってるわ。アリアネ様の勉強のおかげで。

 この世界に存在する魔術は大きく3種類に分類できる。

 汎用魔術、神授魔術、そして天賦魔術だ。


 汎用魔術。詠唱やスクロールを用いたり術式の構築方法を覚えたりすれば魔力を持つもの全てが扱うことができるもの。扱うことができると言ってもその難易度はピンキリであり、汎用魔術とは名ばかりの高等技術を要するものも一部存在する。

 ユーバックが使っていた“記憶復元リコール”や一般的に使われている転移魔術などがコレに当たる。

 

 天賦魔術は、各個人に生まれつき刻まれた固有の魔術。これの発現は才能によるものが多く、何個もコレを持っている者もいれば逆に1つも目覚めることがなかった、なんて者もいる。

 フィーラが言うに、俺の道路標識魔術はコレに分類されるらしい。

 

 そして最も貴重な神授魔術。これは読んで字のごとく神から授けられる魔術である。これに目覚めることが出来れば神の御業の一部を行使することが可能となり、一国を代表する大魔術師として持て囃されることになる。

 ジャッジが使っていた“神判デウサイアル”は、法神から授かった神授魔術だ。


 フィーラは続ける

「天賦魔術は汎用魔術と違って後から修行して使えるようにはならないの。個々人に宿ったモノだからね。

 アリアネちゃん森の中で突然使えるようになったって言ってたわよね?天賦魔術ってそういう傾向が強いらしいの。体が勝手に動くというか、最初から身体が理解しているというか、そういう感覚で扱えるっていうのが天賦魔術の特徴ね」

「なるほどなるほど」


 話し終えたフィーラは手をパンと鳴らした。


「はい!つまんない説明は終わり、じゃあ復習を兼ねた実戦を…とその前に」


 フィーラは何の脈絡も無く腕を横に払う。するとその軌道に沿うように飛ばされた不可視の斬撃が柱の1本に命中し真っ二つになった。


「え」


 何やってんですかフィーラさん!?なんて思っていると


「隠れてないで出てこい!臆病者!」と柱に向かって彼女は喝破する。


 ん?誰かいるのか?

 …本当だ、折れた柱とその周囲から黒いローブ姿の人間がぞろぞろと出てきたぞ。よく見ると全員白い仮面を被っている。


「…いつからか知らないけど狙われていたみたいね。アンタ達何者?」


 フィーラの質問にローブの集団の1人が言葉を返す。


「巻き髪の嬢ちゃん、料理人に対して危ないから包丁を持つな!とか言っちゃうタイプ?」

「はあ?何が言いたいわけ?そもそも返答になってな――」

「俺たちは暗殺者。闇に潜んで静かに獲物を狩る俺たちに対し臆病者などと誹るのは、刃物を持つ料理人を野蛮人呼ばわりするのと変わらない。的外れってやつさ」


 なんだか気取った口調でベラベラと喋り出した男は「やれやれ…」と言わんばかりに両手を頭上に挙げ首を振った。


「へ~、暗殺者さんなのね。自分の正体をこんな簡単に吐いちゃう暗殺者なんて聞いたことがないけど」


 ソレに対してフィーラは相手の精神を逆なでするような口調で答える。…多分わざと煽ってるな、よし俺も乗っかろう。


「ああ、隠れてたのも闇じゃなくてほっそい柱だしね。もしかしたらこの人たち、暗殺者ごっこを楽しんでるだけの愉快なお友達なのかも……」

「もうアリアネちゃん馬鹿にしすぎよ~!」


 わざと聞こえるようなデカい声で行ったこの会話に対して、黒いローブの男は震える声で一言


「……殺す!!!」

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