04 室長マシンガン
乱用までは個人の弱さだとして、密売人はクズだと俺は思っている。
戸丸君が憮然としている。似たような感想だろう。いつも腹一杯食ったあとの子供みたいなゴキゲン地顔をしているので、なんか不愉快に思っているとすぐわかるのだ。
「対象個人の前情報はこれぐらいで充分でしょう」
と足利さんがまとめた。
「こういう輩ですから、当日になんらかの凶器所持の可能性が拭えません。ペンナイフか催涙スプレーあたり、持ち歩いていても変じゃないです。たいした殺傷力の物はないと思いますが、下手に職質などかけると逃げられかねませんから。ちょっと確認できません。犬井さんには申し訳ないですが、せめてご承知おき下さい」
「あいさ」
「犬井。返事が悪い。足利は年上」
ハナコが絡んでくる。鬱憤が抜けていないらしい。
「ハイ。すいません」
こじれるのを一番いやがるのはそもそもの足利さんだろうから、俺は素直にしといた。まあこの対象のことは大体わかった。
地図の方に目を移す。
ドローン空撮らしい写真地図。なんの変哲もない、駅外れの住宅地。つぎ、別紙。こまごまとした書き込み付きの市街地図。その中にでっかく『実施区域』とはっきり市街の数ブロックが、太い蛍光ペンで囲われている。残りの書き込みは塀の高さ、路面状態、遮蔽物になる施設キュービクルや消火栓の有無と寸法、段差もろもろびっしりと書いてある。
「この地図さ、特に書き込みのほうなんだけどさ」
と俺はハナコに訊いた。
「前から思ってたんだけど、コレなんでデータでくれないの。
「そりゃあ、半分はあなたのワガママのせい。データで残した方が漏洩リスクが高いから、コッチのほうがいい。紙もインクも溶解して燃やせるけど、データにしちゃうと面倒くさいから」
「電磁波でメディアごと焼けばよくね?」
「犬井の電子レンジでやっていいなら何度でもやるけど?」
「すまん勘弁してくれ」
「ま、データの修復自体できなくするのは可能だけど。スキャナー内にも携帯メモリにも打合せ端末にも毎回何かあった跡が残るし、いちいちダミーで埋めなおすの手間だし。電子化しても意味ないの。紙で原本とコピー作る。使う。溶解して焼くとこまで監視する。のが確実でラクなの。……怒らないんだね」
「何が?」
「ワガママって言われても、怒らないんだね」
「いや? すげぇムカついてるけど?」
「あーそう。少しだけ見直して損したわー」
半分事実だから俺は黙っていたのに、この言われようである。
思わず舌打ちする。
この野郎は。いや、野郎じゃないけど。
「あの、犬井さん」
戸丸君がおずおずと話しかけてきた。
「地図は頭にはいりましたか?」
「え。ああ。うん、それは大丈夫」
お、ちょっと冷静になれた。天然なんだろうけど戸丸君の即効力はスゴイ。一言二言かわすだけでトゲトゲするのが馬鹿らしくなる。気遣いが口調と仕草に全部でてしまってるのがわかるので、なにやら気が抜ける。
「大丈夫なんだけど、今回は時間帯も地点も、やけにキッチリしてんな」
「問題ないですよ。対象は確実にこの時間に、この場所を通ります」
へえ、と軽く嘆息するとハナコが割り込んできた。
「それも含めて、すべて犬井のワガママのために調べ上げられたコトだよ。みんなに感謝の気持ちを忘れないようにねー」
「まだ蒸し返すのかよ……いい加減しつこくないか」
俺がそう言うとハナコはため息ついて、しばらく、天井を睨んでいた。
なんか腕組んでる。
つられてつい上を見る。
何だ。
天井に虫もいないし、腕組んでも、無い胸は無いぞ。
気を抜いた瞬間、一斉掃射が飛んできた。
「シツコイ、とかじゃない! 始まりはあなたが足利に失礼な態度をとったからでしょ。あいつはきっと気にしてない。けど、そういう問題じゃない。足利はわたしの直属スタッフ。あなたは彼の説明を遮ったの。つまりは、あたしと足利のラインを乱したということ。その間あたしたちが毎日、涙ぐましく育ててる指揮系統は麻痺したわけよ、しかも敵でもない犬井の気まぐれで。火事場だったらどうなると思う? 悪気があったなかった、そーいう可愛い話じゃない。すごく危険なの。全員にとって。そしてあたしたちに対する侮辱なの。なめてんの? あたし達がやってんのはショージョマンガのドキドキゴッコじゃない。だからやらないで。あたしが許さない。ここまでいえばあんたでも分かるよね、コイツは簡単にチャラにならないよ、ってことが」
不覚にも圧倒された俺は固まった。いますぐ何か言えば『うっ』としか出ない。それを見て取ったのかハナコはトドメを差してきた。
「半端な覚悟で謝罪なんて口にしたら、今度こそ本当に怒るよ。と、いうことで私からは以上」
(せっかくだから、本当に怒ったらどうなるのか見てみようぜ!)
と俺の中のコンバット越前がささやいたが、頭を振って追い払う。あぶね。
「じゃあ、足利も戸丸も、犬井のオーケーが出たら、今日は直帰でいいよ。あー疲れた。マジ疲れた」
ハナコは大げさにソファに倒れこむと、ネコぐらいの大口を開けてあくびした。とはいえ、俺含め男性陣の空気はガチガチに気まずい。とくに足利さんと戸丸君は上司がわめき散らした直後である。
どうすべ。
といって俺が足利さんに詫びをいれたら更に絡まれそう。
「犬井さん、晩ご飯食べました?」
いきなり戸丸君が訊いてきた。はい?
「いや、まだ」
「じゃあピザとりましょうよ」
「ああ、ここで食って帰るの」
「ピザ嫌いですか」
「いや、たまに食うのは好きだけども」
「じゃあいいですよね」
はい、もうここで食って帰るのは決定なわけね。
足利さんが、なんか顔そむけている。笑いこらえてんのかな。
「戸丸、あたしも食べる。領収とって費用申請だしといて。アンチョビ禁止のエビトッピング増しで。生地はクリスピー」
「わかりましたけど、もちふわも一枚いれますよ」
戸丸君はもう、ケイタイで注文打ち始めている。
「私はパスタも頼む。クリーム系。あとウーロン茶」足利さんまで畳みかける。
「了解です」
「……なんかなぁ」と俺がぼやくと「何が?」とハナコが寝たままで見上げてきた。
「納税者がみたら怒りそう」
「だって会議だもん。仕事だもん。仕事じゃなかったらこの部屋に集合しないもん。集合したらおなか減ったんじゃん。じゃあ仕事したからおなか減ったんじゃん。名目とは得てしてそんなもんよ」
そりゃそうだろうけどさ。
ツーカーの彼らを見ていると、突然に妙な寂寥感に襲われた。ピザで腹が膨れても俺の飢えは抑制剤で収まらない。どこまでいっても俺は誰とも違う。彼らともだ。
どうした
地図と写真にじっくりと目を通しなおすことにした。俺の本番はこっちだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます