05 犬井、自宅軟禁状態
昨夜の会議終了後、犬井には実行日までの自宅待機が命じられた。
といっても二日間しかないし、しかも平日である。
犬井は、仕事に行かせろと要求した。飢餓状態は始まったばかりだ。自覚症状はない、情緒面で問題はない。攻撃性が高まってない内なら仕事はできるだろ、と。
しかし、
「あんたアレだけカッカしておいてよくそんな事言えるわねー」
とハナコに一蹴され、犬井はぐうの音も出なかった。
「もう、しばらく休むよって会社に連絡いれさせた」
とトドメがきたので腹が立った。が、態度に出すまいと努力した。
『ほ~らほら、やっぱイライラしてんじゃーん!』
と追い撃ちが来るのが、明らかだったからである。
このうえ余計な勝利感まで与える必要はないや。
犬井はあきらめモードに入った。
それで、平日の昼間っぱらからベッドに寝転んで、ジャージのまま天井を眺めている。
しばらく迷った末、冷蔵庫から黒ビールの6缶パックを寝室のテーブルに置いた。さらに鶏モモを解凍すると、これでもかとハーブソルトを振りまくった。そいつをグリルに放り込んで焼いている間に1缶目のプルタブをあけ、ちびちびとやる。起きたばかりの空っぽの胃なので、すぐにフンワリきた。わりと顔に出ないタチである。
一口やってしまうと、妙に腹がすわってしまった。こうなったもんは仕方ないので、好きにしてやろうと犬井は思った。
キッチンに行き鶏の焼け具合を見つつ、キャベツを千切りにし、さらに冷蔵庫をあさる。忘れ去られたカマンベールチーズがあったのでこれも食うことに決める。賞味期限は見なかったことにする。カウンター越しにソファへ放り投げて、みごとグリーンオン。
ガッツポーズ。
「イエス!!」
一人男の部屋での振舞いなんてのは誰もいなけりゃこんなもので、パンイチでないだけ今日は上品である。
思いつくままの洋楽をメチャクチャな英語で歌いながら、犬井は次に読む本の物色に入った。彼が最近読むのはやはりプレタ病関連の書物で、寝室に相当に積まれていた。ともかく、目に着いたら買ってしまう事にしている。
もう俺は、この事象に関しオブザーバではいられないからな、と犬井は思う。
ただし入門書から一般レヴェルの解説書ばかりを読んだ。
とにかく数を読む。論文や専門書の類は一切読まない。非効率だからだ。
ムダが多い。そして利点が多い。
原典を一回精読するより、ピンキリの解説書の乱読ナナメ読みをしていた方がよい。というのが犬井の信条だった。どうせいきなり難解な本丸にぶち当たったところで、自分ごときにロクに内容が理解できるわけはない。衒学して気取りたいのであれば原書を読んだフリが必要だろうが、そんなのはそういう奴にやらせておけばいい。
このスタイルのさらなる利点は、礼賛者から批判者まで、著者もデータもランダムになるところだ。そして本の表やグラフを犬井はほぼ信用していない。
超有名大学の有名実験室が出した結果であろうが、確実なのは一点だけ。
『この研究のために予算が申請され決裁がくだり、そして、実行された』
それだけである。
当然これはデータの内容の担保について無関係な事実である。参考にならない。人間、自分に有利になるならいくらでも恣意的なデータを引っ張ってくるもんである。
まして著者名となると、ロクに見ないし覚えない。
略歴に至っては近影写真をみて
「ここまでハゲたら坊主にしたほうがゼッテー格好いいよな……いつか俺もなるんだから他人事じゃねえよな……」
とかだけである。学歴なんか見ない。モノによるが肩書なんてのは買える。公平性をわずかでも失いかねない事前情報は一切見ない。
テキトーに積み本タワーから2冊引っ張り出したところで鶏肉が焼けた。少し迷ったあと、寝室の地べたで読むことにした。背もたれはベッドである。
犬井はせめてと思い、ジーンズと乾いたシャツに着替え、ビールとツマミを配置し、出来栄えに満足した職人のような顔で口笛を吹いた。
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