03 会議が泥る

「俺が、割り切れない? 割り切ったらなるんだ。いい事か。お前らがラクになるからか?」 

「へー、なにそれ。不貞腐れてカッコワルっ」

 ハナコは、うっかりカーペットに潰しちゃったハエを見る目で俺を睨んでいる。

 うっわどうしよコレ……な視線である。

 おいおいティーンの頃なら自殺してるわ。

「さて。じゃ、どうしてくれるんだ」

 俺は、大げさに両手を上げてみせた。

 乱れた銀髪をはらんで光る、爛々とした視線とぶつかる。

 明らかに俺も歯止めが効いてないが、意識しつつ止められない。

「実力行使か? ここに居る3人で、俺を無力化できると思うのか?」

 足利さん戸丸くんが、身をこわばらせる気配。

 ハナが立ち上がる。

 男二人も、中腰になった。

 さすが訓練されてる。

 もう座っているのは俺一人だけだ。

「ハナシすり替えないで! あんたの態度が悪い! つってんの」

「じゃ、その態度を正してみせろ。俺が悪いんだろ」

「あーあー、アンタはいいよねー! そーやって駄々こねててもさぁー! 許されんだからさぁ!」

「室長、言い過ぎです!」

 と戸丸君が悲鳴に近い声で割り込んだ。

「うるさい、戸丸! アンタは腹立たないの⁉」

「いや立ちませんって」

「情けないヤツ! ほらアンタは⁉」

 アンタ、が自分に向けられた言葉と気づくまで一瞬。

 で、足利さんが我に返った。

 俺とハナコへ交互に、ゆっくり視線をおよがせながら、慎重に言葉を選んでいる様子。

「室長、落ち着いて下さい……落ち着きましょう」

「落ち着いてないのは犬井じゃん! いきなり突っかかられてアンタ腹立たないのかっつってんの!」

「ええ、立ちません」

 自分を取り戻した足利さんは息をつき、居住まいを正した。

「ちょっともー、なんかコイツもムカつくんだけど! ムカつくやつが一人増えたんだけど!」

 ハナコは銀髪に両手の指つっこんでばりばりかきむしった。

 さらに頭ばっさばさになった。

 駄々こねる子供みたいな動きしだした。スーパーのお菓子売り場でよく見るわ。

 しかし足利さんはさらにゆっくり息を吐いてから、スツールに座った。

「いいですか室長。今我々がすべきことは何ですか」

「犬井の矯正!」

 ハナコが食い気味に返すが、足利さんは揺るがない。

「まったく違います。会議です。打ち合わせです」

「その打ち合わせを犬井が乱してるじゃん!」

 足利さんは俺とハナコを交互にみながら話を継いだ。

「いえ、犬井さんの態度がどうあれ、会議は続けられます。ので私が続けます。いいですね」

 その手は、すでに資料を繰っている。

 間を明けず滔々と語り始めた。

「対象はですね、職業は飲食店経営。ダイニングバーが一店舗。いちおう帳簿は無難なものですが、営業実態はあやしいもんです。出入りするメンツは完全に決まってます。要するに、溜まり場ですね。コレは裏がとれてます。あと前科があり、まず傷害事件。これはプレタ病の飢餓状態で誘発されたフシがあるかもしれないということで、酌量され執行猶予がついてます」

 ガンガンしゃべり始めた。

 なんか足利さんらしくないな……そして俺はピンときた。

 これは〝ハナコに口を挟ませない〟作戦だ!

 戸丸君ともアイコンタクトをかわす。オーケーだ。

 ここに『足利・戸丸・俺の対ハナコ包囲網』が結成されたのである。

 勝ったな。

「ん? ちょ、え」

 なんかハナコが焦り出したがもう遅い。

「次です。ここからはもう、露骨ですね。処方されたプレタ病の抑制剤と抑制食を貯めこみ、ネットで知り合った相手に転売。逮捕されています」

「乱用者で密売者かよ、ひでェな」と俺。

「ひどいですね」と戸丸君。

 ハナコはまだなんか言い足りなそうにしてる。

 ほっとこ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る