01 犬井恭二の帰宅

 チャリを下に停め階段をのぼると、部屋のカギが開いていた。

 閉めたはずだけどな。

 さてはあのヤロー本当に来てやがるな、と思いながらドアを開けると、クーラーがガンガン効いた空気が顔を打つ。

 リビングをぐるっと見渡すとハナが、3年目ぐらいでオフィス慣れしてきたー、ってOLみたいなスーツの着くずしで俺のソファに座っていた。

 足を組むな。

 そんで俺が前日つけといた水出しコーヒーをぐびぐび飲んでいた。そんな高校の部活後のアクエリみたいに飲まないで欲しい。あとケトルは冷蔵庫にしまってくんねえかな、ぬるくなるから。

 どうみても普通の社会人に見えないのは、ブリーチした髪にシルバー入れてるからである。鼻ぺちゃのくせ色白でアーモンドアイをしてるので、シャクだがまあまあ似合う。

 身体ちんちくりんのくせに。

「やっほ、犬井。おじゃま」

 とハナは、ぬけぬけと俺に手を振った。


 他に男が2人立っている。

「こんばんは、犬井さん。お仕事お疲れ様です」

 とバリトンボイスで挨拶してくれるのはハナの斜め後ろ45度にキッチリ立っていらっしゃる、足利和義あしかがかずよしさんである。

 長身で、刈り込んだ髪に彫りが深く、眉間に切ったようなシワがある。

 のだがいつも振る舞いが紳士的で、今日もニコニコと微笑を湛えている。

 分厚い胸板をビシッとスーツで包んでいて、俺は毎度ながら気おくれする。

 身長190cmの妖怪ぬりかべがいたらこんな重圧だろう、といつも思う。


 窓の外を見ているのは戸丸俊とまるしゅんさんだ。

 足利さんと対照的に丸々としている。

「あっ、おつかれさまっす」

 何やらぼーっと外をみていたらしいが、俺に気付くとカーテンを閉めた。

 武蔵坊弁慶もかくや、という幹のような怪腕と胸板。

 なのだが身長が低めで、いつも何かにアタフタしている。

 よくいえばキビキビしているのだが。

 なんかリスっぽい顔で、憎めない部活の後輩みたいなのでつい、くん付けで呼んでしまう。

 まあほんとに俺と同い年か1コ下らしいのでイイや。


 ちなみに彼らは、どちらも耳がくしゃくしゃ。

 しかも綺麗な竹刀ダコがあり、俺は剣も柔も相当に使うとみていた。

 この三人が警察関係者だと誰が信じるだろうか。

 銀髪貧乳女ことハナコについては誰も信じるまい。

 足利さんは誰もが信じるだろう。

 まあ一応戸丸さんも見る人が見ればわかるだろう。怠惰なデブではない。筋肉の上に脂肪厚着してるタイプ。

 銀髪貧乳女がバッグから銀色の包みを出した。

「おい」

 と俺は声をかける。

「なに? あげないよ」と銀髪スーツバンギャはキッと俺を睨んだ。仔犬か。

「俺のはないのか」

「これはわたし用だから犬井にはあげないし、犬井の腹はふくれない」

 俺はわざと大げさに舌打ちをしてみせ、キッチンカウンターの引き出しを開けた。

 あと2ダースといくつかある筈……

 無かった。空っぽだった。

 俺が残り本数を間違える筈がない。

「なあ、ハナコさん」

 足利さんの手前、さん付けする。

「なにー?」

「俺の糧食が消えてるんだが、ここ開けたか?」

「うん、開けた。あけたあけたあけた」

 銀髪で貧乳の悪魔は高速で3回頷きながら答えた。

 このうざさよ。絶対わざとやってる。

「と、いう事はだ。あるんだな? だろうな。他に取り上げる理由ないしな」

「そうだよ。だから昨日連絡いれたじゃん。犬井のダミーシェル、チャチだからすぐわかるんだよ。えっちなヤツみてたの?」

 といいつつハナがびりびり銀色の包みを破る。

「それ答えたらメシ返してくれるの?」

「返さないよ。今夜から軽く飢餓状態で調整してもらわないと、困る」

 ぼりぼりくいはじめた。


 俺のダミーシェルはフリーソフトなので、チャチで当たり前である。

 一般に、端末の操作状況を管理者や侵入者から偽装するモノだ。

 ようは、つい立て。

 離席をよそおい続けたり真面目に仕事してるようにみせたり、市販のものは色々とあるが。

 まあ大体えっちなヤツとか、知られたくないヤツなときに起動しとくもん。

 俺だって、性癖まで彼らに知られるのはゴメンこうむる。

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