第20話


 翌朝。

 僕たちは宿の前で、故郷に戻るララの見送りをしていた。


「ルーナ、近くに来たらうち寄ってね! 歓迎するからね!」

「ええ、絶対行くわ」

「離れてても友達だからね!」

「わかってるわよ……ぐすっ」


 涙ぐみながらララとルーナがそんなやり取りをしている。


 そんな二人を見ながら僕は隣の衛兵に話しかける。


「アーリス村行きの商人、こんなに早く見つかるなんて思いませんでした」

「ええ、運が良かったです」


 衛兵は昨日からララを故郷に送る手段を探してくれていた。

 それでアーリス村に向かうの行商を見つけ、すぐに知らせに来てくれたのだ。


「こんな早朝に迷惑かとも思ったんですが……」


 確かに時間は早い。

 朝弱いらしいエルフィなんて立ちながら寝そうになってるし。


「仕方ないですよ。アーリス村行きの商人で、しかも信用できる人なんてそう見つからないでしょうし」

「ご理解いただけて嬉しいです」


 衛兵とそんなやり取りをしていると、行商人が出発の準備を終えていた。


「おーい、そろそろ出発するぞ嬢ちゃん」

「あ、はーい!」


 行商人の呼びかけにララが声を上げる。


「それじゃあルーナ、元気でね!」

「ええ。ララ、もう悪い奴に捕まるんじゃないわよ!」

「それはルーナも人のこと言えないよね!?」


 やがてララは行商人の馬車に乗り込み、御者が街を振るう音とともに馬車は走り出す。


 遠ざかっていく馬車の後ろ姿を見ながら、ルーナはぽつりと呟く。


「……行っちゃった」


 寂しそうな声。

 ララとルーナは辛い境遇を共有していた戦友のような存在なんだろう。

 そんな相手が去っていったんだから、ルーナだって辛いに決まってる。


 僕とエルフィは自然とルーナに寄り添っていた。


「そんなに落ち込まなくても、きっとまた会えるよ」

「そうですよ。それに私たちもいます。ルーナちゃんに寂しい思いはさせませんから」

「……うん」


 僕とエルフィに口々に言われて、ルーナは小さく微笑んだ。

 少しは元気を出してくれたみたいだ。


「何だかカイとエルフィって、お父さまとお母さまみたいね!」

「まあ、確かに僕とエルフィはルーナの保護者みたいなものかもしれないね」

「ふふ、そうですね」



「やっぱり二人はつがいなの?」



「「ぶっ!?」」

 予想外のコメントに僕とエルフィは揃って咳き込んだ。


「い、いきなり何でそんな話になるの!?」

「そそそそうですよルーナちゃん! 急に何ですか!?」

「え? だってすごく仲がいいし……仲がいい二人はつがいになるものでしょ?」


 当然じゃない、と言わんばかりの表情のルーナ。


 その考え方は極端すぎる。

 というか僕がエルフィとどうこうなんて、畏れ多いにも程がある。


「る、ルーナちゃん。そんなことを言ってはいけませんよ。カイさんに失礼になってしまいます」

「……? どうして失礼になるの?」

「だ、だって、私とカイさんでは釣り合いが取れてないというか……」


 ルーナは不思議そうに首を傾げ、今度は僕を見てきた。


「よくわからないわ。カイはエルフィのことが嫌いなの?」

「そんなわけないじゃないか! 僕がエルフィのことを嫌うなんてあり得ないよ!」


 優しくて話しやすくて一緒にいて落ち着いて、おまけに料理上手。

 エルフィ以上に魅力的な女の子なんてそうそういないだろう。


「…………、えっと、その、ありがとうございます……」

「あ、いや、その。……どういたしまして」


 僕が思わず漏らした本音にエルフィが顔を真っ赤にして俯いている。


 恥じらうように手を胸に当て、ちらちらとこっちを窺ってくるエルフィがあまりにも可愛い。

 そういう仕草はこっちの胸が苦しくなるのでやめてほしい。


「わ、私もカイさんのこと素敵だと思います。紳士的なところとか、頼りがいがあるところとか」

「……あ、ありがとう」


 今度はエルフィからそんなことを言われてしまい、いよいよ顔が見られなくなる。


 そんな僕たちを見てルーナがうんうん頷き、


「やっぱりつがいね!」

「「この話はもうやめよう(ましょう)!」」


 こんな気まずい空気には耐えられない!


 と、ここでゴホンと咳払いが聞こえてくる。


「お取込み中のところすみませんが、少しよろしいですか?」

「は、はい……」


 声の主は衛兵である。

 そうだ、この人もいるというのに僕たちは一体何の話を……!


 ありがたいことに衛兵はさっきのやり取りには言及せず、本題に入ってくれた。


「昨日捕えた運び屋たちを尋問しました。そのことについて報告をと思いまして」

「! 何かわかったんですか!?」


 思わず前のめりで尋ねる。

 運び屋が持つ情報は、ルーナを故郷に送り届けるうえで重要だ。これを聞かない手はない!


 僕たちは衛兵の話に耳を傾けた。





 で、衛兵から話を聞いた結果。



「運び屋の人たちは、奴隷商人から預かったルーナちゃんたちをここまで運んできただけ。依頼主については何も知らない――ですか」



 エルフィが何とも言えない顔で、さっき衛兵から聞いた話を振り返る。


「少しくらい情報が出てくると思ったんだけどね……」

「はい。これじゃあルーナちゃんの故郷がどこかわかりません」


 場所は宿に併設されている食堂。

 衛兵から話を聞いたあと、僕たちは朝食をとるためにここに入っていた。

 今は情報整理と今後の方針決めをしているところだ。

 僕たちが衛兵から聞いた話は以下の通り。



①運び屋たちは馴染みの奴隷商人からルーナたちを預かっていただけ。

 ルーナの故郷については知らない。

②奴隷商人も捕縛を試みるが、その手の犯罪者は頻繁にアジトを変えるため期待はしないほうがいい。

③ルーナの買い手が誰なのか、運び屋たちも聞かされていない。



 一つ目と二つ目は百歩譲っていいとしよう。


 けど、運び屋がルーナの情報を知らないって……それじゃあ引き渡しのしようがないと思うんだけど。

 

「ルーナは買い手について何か知ってる?」

「いいえ、知らないわ」


 白パンをもふもふ食べながら答えるルーナ。

 まあ、運び屋が知らないのにルーナが知ってるわけないか。


「買い手の方は、運び屋の方の顔を知っていたんじゃないでしょうか。それなら、運び屋の方が届け先を知らなくても何とかなります」

「うーん……不可能ではないだろうけど、確実とも言えないような……」


 エルフィの意見に僕は首を傾げる。


 確かに買い手側が運び屋を判別できれば、運び屋を見つけ出すことは可能だろう。

 けど、もっと確実な方法がたくさんあると思うんだけどなあ。


「まあ、ここはあまり深く考えても仕方ないかな」

「残念です。買い手がわかれば情報が手に入るかもしれないのに……」


 疑問は残るけど、この点については今は判断のつけようがない。

 いったん保留にするしかないだろう。


「情報整理はこんなところかな。それで、これからのことなんだけど――」

「……どうしましょう?」

「……どうしようね」


 衛兵から話を聞けばもう少し何かわかるかと思ったけど、まさか手がかりなしとは。


「……ごめんなさい」


 ルーナが不意に謝罪の言葉を呟いた。


「え? 何でルーナが謝るの?」



「……カイとエルフィ、暗い顔をしてるわ。あたしがいなかったら、そんな気持ちにならなくてよかったのかなって……」



「「………………、」」


 落ち込んだようにそう告げるルーナ。


 その表情は他者に迷惑をかけている自分を責めているようで、その小さな体では抱えきれないくらいの申し訳なさと罪悪感を覚えているように見えた。


 それを見た僕とエルフィは。


「……さーてエルフィ! 次はどこに行こうか! まだまだ手詰まりなんかじゃないよね!」

「そうですね、次は冒険者ギルドなんてどうですか? あそこなら、魔物の情報はたくさん集めているはずですし!」

「よしそうしよう! それじゃあ早速出発だ!」

「……? …………??」


 急にテンションを上げた僕とエルフィにルーナが困惑している。


 誰よりも不安なのは自分のはずなのに、それでも僕たちを慮るルーナの何と健気なことか。


 僕とエルフィはこの子を故郷に送り届ける意思をより強固にしていた。



 というわけで次の目的地は冒険者ギルドである。


 魔物の情報が集まる場所といえば冒険者ギルドだ。

 ギルドならきっとルーナのような特殊な竜の情報だって網羅しているはず!

 

 僕たちは期待を胸に冒険者ギルドへと向かうのだった。

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