第19話

 その日の夜。


 ギィイイッ、バタンーー


 隣の部屋から扉が開閉する音が聞こえてきて、僕はふと目を覚ました。


「ん……? 誰か起きたのかな」


 場所は昨日までと同じ宿の隣室。


 今日はルーナとララがいるので、もう一部屋とっている。割り振りは僕が一部屋、エルフィ、ルーナ、ララで一部屋。

 要するに男女別である。


 ルーナとララは床で寝るなんて言っていたけど、さすがにそういうわけにもいかないし。 


 よって、今隣の部屋を出て行ったのは、その三人の誰かということになる。


 足音はぱたぱたと階段を下りていく。


(……階段?)


 てっきり用足しかと思ったけど、客用の手洗いはこの階の廊下にある。階段を下りるのは妙だ。


 少し気になったので様子を見に行くことに。


 部屋を出て、足音を追って階段を下りていく。

 足音の向かった先は外だった。

 木製の扉を静かに開けて僕もさらにその後を追う。


「ってあれ、いない」


 扉を開けて宿を出ると、そこには誰もいなかった。あれ? 何で?


 周囲をきょろきょろしていくと――頭上から、とんっ、とんっ、と屋根を跳ぶ音が聞こえてくる。


 どうやら足音の主はジャンプして屋根の上に登ったようだ。


 となると、足音の主が誰かもわかる。

 そんな芸当ができるのはあの三人の中では一人しかいない。


 僕は足音の主を追って宿の屋根に上った。


「こんなところで何してるの、ルーナ」

「……カイ?」


 屋根の上に現れた僕を見て、ルーナは驚いたような顔をした。


 どうやら僕が追ってきていることには気付いていなかったようだ。

 ルーナは屋根の上で膝を抱くように座っていた。


「隣いい?」

「……うん」


 許可が出たのでルーナの隣に座ってみる。


 そのまま、特に何事もなく夜の景色を眺める。

 深夜ということもあって街は静かだった。ひんやりとした夜風が心地いい。


「何か悪い夢でも見た?」

「……ううん」


 僕が尋ねると、ルーナは首を横に振った。


「……あんまり、眠れなくて。本当に帰れるのかなって」


 そう告げるルーナは、迷子の子供のように見えた。


 実際、心細いんだろう。

 ここは彼女にとってどこともしれない場所だ。周りには彼女と同じ飛竜なんて存在しない。

 元の場所に帰れるかどうかもわからない。


 僕は自然と、彼女の頭に手を乗せていた。


「……? な、なに?」


 きょとんとして僕を見上げるルーナの頭を優しく撫でる。


「大丈夫。必ずルーナの故郷に送り届けるから」

「……本当に?」

「うん。約束する」


 僕が言うと、ルーナはようやく笑ってくれた。


 竜の姿の鱗と同じ、艶のある青髪をしばらく撫でていると、ルーナは気持ちよさそうに目を細めた。


「ね、もっと撫でて」

「僕はいいけど……気に入ったの?」

「べ、別に安心するとか、不安だからそばにいて欲しいとかじゃないわよ? 本当よ?」

「はいはい」


 手をわたわたさせるルーナに苦笑しつつ、ルーナの言う通りにする。


 その後僕は彼女が満足するまで、触れ合いを続けるのだった。





「おらぁあああああああああああ!」

『ウガァッ!?』


 深夜。


 『魔獣の森』の深部で、爆炎が撒き散らされる。


 高出力の爆炎を浴びた熊型の魔物、『バグベアー』は白目を剥いて絶命した。


「はあっ、はあっ……くそ、雑魚のくせに手こずらせやがって」


 Bランクパーティ『赤狼の爪』のリーダーであるアレスは、それを確認してから大剣を背中の鞘に納める。


「アレス。そろそろ引き上げましょう。これ以上は危険です」

「ああ!? 俺に命令するつもりかよ、クロード!」


 パーティメンバーである眼鏡の『神官』クロードの言葉に苛立ったように言うアレス。


 その様子に溜め息を吐きながら、クロードは続ける。


「時間も遅い。あまり森に長居すると不慮の事故が起きかねません」

「何だよ、そりゃ俺の実力を疑ってんのか!?」

「そういうわけではありませんが……」


 逆上してくるアレスに、クロードは再度溜め息を吐く。

 同行している他の『赤狼の爪』のメンバーも同じような反応を返した。



 ここ数日、アレスはずっとこんな感じだった。



 原因はカイとの模擬戦の敗北。

 あの一戦以降、アレスは八つ当たりのような魔物狩りを続けていた。


「あいつに……あんなやつに負けるなんてあっちゃならねえんだ……!」


 うわごとのようにアレスは呟く。


 アレスは剣術の天才だった。


 軍人の父によって鍛えられた技術。

 さらに先天的な戦闘センス。

 あるいは上級職に分類される『魔剣士』の職業。


 それらによって、彼はギルド史上最短でBランク冒険者まで上り詰めたのだ。


 だからこそ彼は年齢が若いにも関わらず、Bランクパーティのリーダーを務めている。


 そんなアレスを生意気だと絡んでくる先輩冒険者もいた。

 そしてその全員を返り討ちにしてきたのだ。


 早い話、アレスは負けなしだった。

 数日前、カイに敗北するまでは。


「俺は最強の冒険者になるんだ! 他の連中に馬鹿にされるなんてあっちゃならねえんだよ!」


 地団駄を踏むように叫ぶ。


 彼の仲間が「また始まったよ……」と呆れたような視線を向け、眼鏡の『神官』クロードが肩をすくめる。


 アレスは最近ずっとこんな感じなので、もう慣れっこなのだった。


 なのでアレスの仲間たちはバグベアーの解体や周囲の警戒作業に移る。アレスが頭を冷やすのを待つのだ。


 けれど。

 その行動によって、彼らは致命的な見落としをした。



「――こんな雑魚じゃ駄目だ。もっと強い敵じゃねえと。強い魔物をぶっ倒して、俺の強さを証明する……!」



 そう呟くアレスの瞳に過激な光が宿ったことに、その場の誰もが気付かなかった。

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