第15話
目の前には彩り鮮やかなサンドイッチやおかずが並んでいた。
「カイさん、飲み物もどうぞ」
「う、うん。ありがとう」
エルフィから飲み物を受け取りつつ、僕は尋ねた。
「これ全部、エルフィの手作り……?」
「はい。……ご迷惑でしたか?」
「そ、そんなことない! 凄く嬉しいよ!」
僕が慌てて言うと、エルフィは「よかったです」と安心したような笑みを浮かべるのだった。
ゴールドラビットを倒した後、僕たちは昼休みをとることにした。
手頃な場所を見つけて食事をすることにしたんだけど、そこで何とエルフィが手作りのお弁当を出してくれたのだ。
見慣れない鞄の中身はこれだったのか。
どうやら僕を驚かせたくて秘密にしていたようだ。
「いただきます」
「はい。どうぞ召し上がってください」
言われるがままサンドイッチを食べる。
シャキシャキとした葉野菜と、薄くスライスしたソーセージの濃い味が口の中に広がる。
葉野菜の方は丁寧に下処理がされているのか苦味が全くなく、爽やかな後味を残してくれる。
「お、美味しい……」
シンプルだけどとても美味しい。
いくらでも食べられそうだ。
「ほ、本当ですか? 美味しいですか?」
「うん! こんなに美味しいサンドイッチ、食べたことないよ!」
「……えへへ。そう言ってもらえて嬉しいです」
僕が素直に思ったことを伝えると、エルフィは照れたようにはにかんでいた。
何この人。何でこんなに可愛いの?
それからしばらく食べ進んでいくと、エルフィがふと気づいたように「あ」と声を上げた。
「カイさん、ほっぺにソースがついてます」
「え? ……取れた?」
「ちょっとじっとしていてくださいね」
エルフィが懐から取り出したハンカチで頰を拭ってくれる。
「はい、取れましたよ」
「あ、ありがとう……」
満面の笑みのエルフィに僕はそう言い、思わず視線を逸らした。
手作りの美味しいお弁当に加えて、隣には甲斐甲斐しい美少女。
何だろうこの幸せ。
僕、近々死ぬんじゃないだろうか。
「どうかしましたか?」
「な、何でもないよ。というかエルフィ、いつの間にこんなの用意してくれたの?」
ふと気になったことを尋ねる。
僕とエルフィは同じ宿で寝ているわけだし、そんな時間あったんだろうか?
「今日は少し早起きして、宿の厨房をお借りしたんです。あそこは食堂も併設されていますから」
僕たちの泊まる宿は二階が客室で、一階は食堂になっている。
エルフィはどうやらそこを借りたようだ。
「ありがたいけど……どうしてそこまで?」
料理の手間はもちろん、初日の朝の出来事から察するに、エルフィは朝弱いだろうに。
「冒険者としては、カイさんに教えてもらってばかりですから。何か自分もカイさんにお返ししたかったんです」
「そんな、僕の事情に付き合ってくれてるのはエルフィじゃないか!」
「それは言いっこなしです。私は望んでカイさんに同行しているわけですし」
エルフィはきっぱりそう言って、それから表情を緩めた。
「なので、喜んでもらえてすっごく嬉しいです」
「…………、」
心の底から嬉しそうな笑顔。
僕に対する好意がまっすぐ伝わってくるような、そんな表情。
それを見て。
僕は無意識に手を伸ばし――
「……カイさん?」
思わずエルフィの頭を撫でてしまっていた。
「……え? あ、ごめん!」
慌てて手を引っ込める。しまった、つい孤児院時代の癖がぁああああ……っ!
言い訳をさせてほしい。
孤児院で最年長だった僕は、下の子が何かしてくれた時はいつも頭を撫でて褒めていたのだ。
子供たちはそれで嬉しそうにしてくれたし、しょっちゅうせがまれてもいた。
何かしてもらったら頭を撫でるというのは、もう僕にとって息をするようなものである。
とはいえエルフィ相手それは失礼すぎる。
「ごめん、その、気を遣ってもらったのが嬉しくてつい……」
「あ、謝らないでください。ちょっと驚いただけですから」
僕の謝罪にエルフィは慌てたように両手をわたわたさせ、それから顔を赤く染めて俯いた。
「それに、他の人ならともかく……カイさんに触れられて嫌だなんて、思わないです」
「……」
落ち着け僕。深読みするんじゃない。
エルフィが僕を特別視してくれてる、なんて都合のいい考えを抱くのは早計過ぎる……!
「……そ、そう。それならよかったけど」
「は、はい」
顔を赤くしたまま頷いてくるエルフィ。
きっと彼女は『神器に選ばれる人間が邪なことを考えるはずがない』と思っているんだろう。
じゃないと説明がつかないし。うん。
というか、そうでないと僕の理性がもたない。
本当にこの人は可愛すぎて困る……!
「それよりほら、お昼ご飯の途中です。たくさんありますから、お腹いっぱい食べてくださいね」
「うん。ありがとう」
エルフィに勧められるがままにサンドイッチを食べ進める。
どれも絶品で、夢中で食べている僕をエルフィが嬉しそうに見ていた。
……さて。
そんな感じで幸せな時間を過ごしていたわけだけど。
『――グルォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!』
突然、耳をつんざくような咆哮が聞こえてきた。
「カイさん、今のって……」
「……この近くだね」
続いて衝撃波が届いてくる。
何かとんでもなく強い魔物が暴れているような気配だ。しかもそう離れた場所じゃない。
「様子を見てくるよ」
「私も行きます!」
「……わかった。じゃあ、一緒に行こう」
危険かもしれないけど、エルフィ一人をここに残していくのも不安だし。
そんなわけで素早く昼食の片付けをし、二人で音のしたほうに向かう。
近づいていくにつれて変化があった。
「か、カイさん。何だか寒くなってきたような……」
エルフィに言う通り、移動するにつれて冷気が漂い始めている。
こんな季節に寒さを感じるのは明らかにおかしい。
そしてその原因はすぐに判明した。
『くそっ、何だよコイツ!』
『鱗が硬すぎて全然攻撃が通らねえぞ!?』
そこにいたのは傷だらけで武器を構える冒険者の男性二人と。
『グルルゥゥゥゥゥゥゥッ……』
全長五Мを超える、青色の飛竜の姿だった。
「……カイさん。あれって竜ですよね」
「そうだね。どう見ても竜だね……」
この森に飛竜が現れたという話はどうやら本当だったようだ。
▽
「おいっ、回り込め!」
「くたばりやがれぇええええええええ!」
冒険者二人が飛竜に攻撃をしかける。
どちらも前衛職のようで、武器はそれぞれ片手剣と大剣だ。
レベルもかなり高いようで、二人がかりの連携は完璧に見えた。
それを、飛竜はあっさりと打ち破る。
『グルォオオオオオオオオオオオオオオッ!』
「「ぎゃああああああああああ!?」」
冒険者二人はあっさり吹き飛ばされた。
それは飛竜の直接攻撃によってではなく――
「こ、氷の槍……!?」
「氷属性の魔術……どうりでさっきから冷気が漂ってくるわけだね」
物陰に潜んで様子をうかがいつつ、エルフィと揃って僕は目を見開いた。
飛竜は氷の槍を何十本も撃ちだして、冒険者たちを迎撃したのだ。
というか魔術を使う竜って、相当強い個体なんじゃ……?
普通、竜は爪や牙の攻撃や炎のブレスを吐くくらいのはずなのに。
「げほっ、いてぇ、体がいてぇえええええ」
「く、くそっ……何だよこの竜、何でこんなに強いんだよ!」
冒険者の二人組は立ち上がることもできずに喚いている。
まずい。このままじゃ彼らはやられてしまう。
「エルフィは隠れてて!」
「カイさん!」
僕は物陰から飛び出し、『ラルグリスの弓』を構えて冒険者たちを庇うように立つ。
顔も名前も知らない冒険者たちだけど、見殺しにするのは夢見が悪すぎる。
「な、何だお前!」
「助けてくれんのか!?」
「下がっていてください! さっきの氷の槍が来たら庇いきれません!」
「「わ、わかった!」」
背後の冒険者たちに叫ぶと、彼らは慌てて距離を取る。
【障壁】では広範囲は防御できないので彼らには離れていてもらうしかない。
僕は飛竜と睨み合う。
突然現れた僕に、その飛竜のとった行動は――
『グルゥウ……』
(……後ろに下がった?)
低く唸りながら、後退することだった。
その行動の意味がわからず警戒する。
普通ならここは攻撃してくるはずだ。
獲物の前に立つ僕を排除して、さっきまで戦っていた冒険者たちを仕留めようとするはず。
なのに、前方の飛竜はなぜか動こうとしない。
まるで戦うことを望んでいないかのように。
『――、』
しばらく睨み合ったあと、飛竜は翼を広げた。
そしてそのまま飛び去っていく。
「何だ? 逃げてったぞ」
「た、助かった……」
冒険者たちが口々にそんなことを言う中。
「………………、」
僕は思い切り眉根を寄せた。
考え込んでいる僕に、エルフィがぱたぱたと駆け寄ってくる。
「カイさん、怪我はありませんか!?」
「……うん、大丈夫。それよりエルフィはあの人たちの治療をしてあげてくれる?」
「わかりました」
「僕はちょっと、あの竜を追いかけてくる」
「……え? ちょっ、カイさん!?」
エルフィをその場に置いて僕は飛竜の去って行った方角に駆け出す。
頭にあるのはさっきの飛竜の様子だ。
あれだけの強さがありながら冒険者たちを殺さず、獲物を庇った僕を攻撃しなかった。
ただの凶暴な魔物とは明らかに違う。
普通の魔物なら手負いの獲物を逃したりしない。
何より、飛び去っていく直前の瞳の『揺れ』。
(……まるで何かに怯えているみたいだった)
勘のようなものだけど、どうにも気になる。
しばらく追跡すると、飛竜はやがて地面に下りた。
着地地点に向かうと、そこにはさっきの飛竜が佇んでいる。
『グルルッ……』
後を追ってきた僕に、威嚇するように竜が唸る。
けれどやっぱり敵意は感じられない。
「えっと……大丈夫。酷いことはしないから」
『グルゥッ』
「僕は敵じゃないよ。だからお落ち着いて」
『……』
『ラルグリスの弓』も実体化させずに僕が語りかける。
僕の言葉を理解したのかはわからないけど、飛竜はその場に大人しくうずくまった。
飛竜は困惑しているようだった。
だろうね。
というか僕自身困惑してる。
何で僕は魔物に歩み寄ろうとしてるんだろう……?
けど、どうしてもこの飛竜がただの魔物には見えないのだ。
むしろ迷子の子供のような雰囲気を感じる。
「きみは何かしたいことがあるの? 行きたい場所があるとか? ……って、言っても伝わらないよね」
どうしようかなあ。
気になって追いかけたはいいけど、どうするか具体的には何も考えてなかった。
僕が悩んでいると、飛竜が短く吠え始めた。
『ガウッ、グルゥッ』
「え、な、何? 何か伝えようとしてる?」
『グルルゥ……』
何事か唸り、もどかしそうに頭をぶんぶん振る飛竜。
その後しばらく、飛竜は懸命に何か伝えようとしていた。
けれどまったく意思疎通できないことに業を煮やしたのか――妙なことを始めた。
「え? あの、きみ何で光ってるの……?」
飛竜の全身が光に包まれる。
何が起こっているのかわからず硬直していると、やがて飛竜はその姿を変え始めた。
「……え?」
光が収まった時、そこにいたのは小柄な人間の少女だった。
長い青髪と気の強そうな目が特徴的な、十歳くらいの女の子だ。
服は何も身に着けておらず、真っ白な肌を申し訳程度に髪が隠している。
(竜が女の子になった……!?)
何これ!? そんな話聞いたことないんだけど!?
「き、きみは一体……」
驚愕する僕に、さっきまで飛竜だったはずの少女が言う。
「……助けて」
「た、助ける? 何を?」
「お願い、ララを助けて! まだあいつらに捕まってるの。あたしだけじゃ助けられない……!」
さっきまで竜だったはずの少女は切迫した様子でそう告げるのだった。
「……」
…………。
…………、ララって、誰……?
というかこの状況を誰か説明してほしい。
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