第14話


「今日は依頼を受けようと思うんだ」

「依頼ですか」


 アレスと模擬戦を行った翌日。

 僕とエルフィは冒険者ギルドに向かいながら、今日の目的について話していた。


 昨日の魔物狩りや模擬戦で弓の扱いにも慣れてきた。

 そろそろ本格的に冒険者としての活動を再開してもいいだろう。


「わかりました。私も冒険者になりましたし、どこへだってご一緒します!」


 やる気十分な様子のエルフィ。

 気持ちは嬉しいんだけど……


「一応言っておくと、しばらく危険域には行かないよ」

「えっ、な、何でですか?」

「冒険者になってすぐ危険域に行くのはリスクが高すぎるからね」


 いくらレベルが高くても、危険域は駆け出し冒険者が入っていいような場所じゃない。

 無謀は冒険者にとって大敵。

 まずはエルフィに冒険者としての活動に慣れてもらうところからだ。


「……わかりました。カイさんに心配をかけないような、ちゃんとした冒険者になります!」


 エルフィは少し不満そうだったけど、最終的には納得したようにそう言ってくれた。

 理解してくれて何よりだ。


 と、ここでふと僕は気になったことを尋ねた。


「ところでエルフィ、何だか今日は荷物が多くない?」


 エルフィはの手には小さなカゴのような鞄がある。昨日はそんなもの持ってなかったはずだけど。


「えーっと……秘密です」

「秘密なの?」

「はい。まだ言えません」


 照れくさそうに笑ってエルフィが言う。

 その天使のような愛らしい仕草に、通行人の男性たちが胸を押さえていた。

 その気持ちはよくわかる。


「お昼ごろにはわかりますから、少しだけ気付かなかったことにしてくれると嬉しいです」

「う、うん。エルフィがそう言うなら」

「ありがとうございます」


 そう言えばエルフィは今朝、僕より早く起きて何かしていたようだった。


 出発前に『あんた幸せ者ね!』と宿の女将さんから声をかけられたりもしたし、その秘密があの鞄の中身なんだろう。


 中身は気になるけど……まあ、エルフィが気にしないでって言うなら忘れておこうかな。



 そうこうしていると冒険者ギルドに到着した。



 依頼が張り出されている掲示板の前までやってくる。


「カイさん、依頼ってどんなのを探せばいいんですか?」

「討伐系で、ランクD以下のものかな」

「わかりました」


 そんな会話をしつつ、エルフィと手分けして依頼を探す。


「『バグベアーの爪納品』、『マキアの実採取』『すずらん草の採取』……」


 冒険者ギルドに寄せられる依頼にはランクがつけられる。

 そして受領する冒険者やパーティのランクに応じて受けられるものが変わってくる。


 現在、僕とエルフィのパーティランクはC。


 僕のランクがCで、エルフィがD。

 パーティリーダーが僕なので、そのままパーティのランクもCというわけだ。


 ちなみにエルフィがDランクである理由は経験不足。

 レベルがレベルなので、依頼をクリアしていけばすぐに上がることだろう。


 そんなわけで僕たちはCランク依頼までは受けられるけど……エルフィはこれが初仕事だし、あまり難易度が高くない方がいいかな。


 そんな感じで依頼を探していると、エルフィが声をかけてきた。


「カイさん、あっちに気になる依頼があったんですが……」

「気になる依頼?」

「はい。あれです」


 エルフィが指さす先にはこんな張り紙があった。



『【飛竜の調査依頼】

 『魔獣の森』で飛竜を見かけた。移動中に積み荷を襲われたらひとたまりもない。目撃情報求む。情報に応じて報酬を支払う。

 なお、飛竜を討伐した場合、報酬は支払わないものとする。

 情報はこちらまで。『穴熊のねぐら亭』、行商人モリス』



「飛竜の調査依頼……? 『魔獣の森』で?」


 『魔獣の森』に出現するのは獣系の魔物ばかりのはず。竜が出るなんて聞いたことがない。


「飛竜がこのあたりに来るのは珍しいことなんですか?」

「まあ、森の名前が『魔獣の森』っていうくらいだし。……ってあれ? エルフィはそれが気になってたんじゃないの?」


 僕が聞くと、エルフィは首を横に振った。


「私が気になったのは、『討伐したら報酬なし』っていう部分です。普通、ああいう依頼って討伐報酬を用意するものじゃないんですか?」


 ああ、その部分か。


「竜ともなると、討伐報酬も高額だからね。用意するのが難しかったんじゃないかな」

「なるほど、そういうことでしたか」


 エルフィは納得したように頷いていた。


(……あれ、でも言われてみるとちょっと変だな)


 依頼を出したのは行商人らしい。


 この街には行商人は大勢来るから、飛竜の襲撃が怖いのは他の人も同じはず。

 

 なら、他の行商人たちに討伐報酬をカンパしてもらえばいい。

 そうすれば、竜一体ぶんくらいの報酬は確保できただろう。


 何でそうしなかったんだろう?


「とりあえず、飛竜にも注意だけはしておこうか」

「はいっ」


 そう結論を出し、僕たちは依頼を受注してギルドを出発するのだった。





『『『ギャウウウッ!?』』』


 絶叫を上げてコボルドたちが倒れ伏す。


「よし、依頼達成だね」

「まだ森に来てから一時間しか経っていないんですが……」


 今日受けた依頼は『コボルド三十体の討伐』。ランクDの依頼だ。


 本来ならそれなりに時間がかかるはずなんだけど、『ラルグリスの弓』のお陰であっさり片付いてしまった。


「カイさん、怪我とかしてませんか?」

「ううん、してないよ。大丈夫」

「……そうですか」


 僕が首を横に振るとエルフィは顔を曇らせる。


 まさか無事を告げてがっかりされるなんて。


「……エルフィは何でちょっと残念そうなの?」

「ざ、残念だなんて! ただ、私はこう、もう少しカイさんの役に立ちたいのに、何もできないのが歯がゆいというか……」


 ああ、そういうことか。


 まあ『狩人』って相手に接近される前に倒すのが基本だし、回復魔術の出番が少ないのは仕方ない。


「でも、回復魔術が使える人がいるっていうだけで安心できるよ」

「そう言ってもらえるのは嬉しいんですが……うう」


 何やら苦悩しているようだった。本当に気にしなくていいんだけどなあ。



 そんなことを話しながら森の中を移動していると。



「……!? エルフィ、ちょっと隠れて!」

「え?」


 あるものを見つけて僕は慌てて指示を出す。

 馬鹿な……なぜあれがこんな場所に……!?



『きゅうー(もふっもふっ)』



 全身金色の皮膚に覆われたウサギ型の魔物。


 ゴールドラビットが、僕たちのすぐ近くで呑気に草を食べている。


「(あっ、あれって昨日ベルクスさんが言っていた魔物ですか?)」

「(うん。間違いないよ)」

「(……あれ? けど、あの魔物って柵の向こうの危険域にいたはずでは?)」


 声を潜めつつエルフィとそんなやり取りをする。


 確かに昨日、危険域の見張り番であるベルクスさんからはそう聞いていたけど――


「(柵も森全体を囲ってるわけじゃないからね。小さな魔物なら柵をすり抜けてきても不思議じゃないよ)」


 『魔獣の森』の危険域を区切る柵は一部を崖や斜面に任せていたりする。


 あのゴールドラビットはそういった場所から抜け出してきたんだろう。


 とにかく、これはチャンスだ。

 向こうが気付いていない今なら先制攻撃を叩き込める!


「【加速】【絶対命中】!」


 弓のスキルを乗せた完璧な不意打ち。

 これなら間違いなく仕留められると――



 ガキンッ



 僕の放った矢はゴールドラビットの皮膚に弾かれてどこかに飛んでいった。


 え? あの魔物硬すぎない?


『キュイイイイッ!?』


 僕たちに気付いたゴールドラビットが一目散に駆け出す。


 まずい、このままだと逃げられる!


「【落とし穴】!」

『キュウッ!?』


 【落とし穴】。

 『狩人』の職業スキルの一つで、これを使うと一瞬で地面に穴を空けることができる。


 今回の穴は深さ一Мくらいだけど、小柄なゴールドラビット相手ならそれで十分だ。


『キュウウウウウッ……』


 穴の底からこっちを睨みつけてくるゴールドラビット。

 幸いゴールドラビットのジャンプ力ではこの穴を脱出できないようだ。


 危なかった……このスキルがなかったら、確実に逃げられていただろう。


「それにしても、まさか『ラルグリスの弓』で貫けないなんて……」

「こんなに硬いんですね、ゴールドラビットって」


 ゴールドラビットの硬さは話には聞いていたけど、ここまで頑丈だとは予想外だ。


 さて、これからどうしよう。


 ゴールドラビットを捕まえたはいいけど、『ラルグリスの弓』でも倒せないとなるとどうにもならない。


 このまま袋か何かに詰めてギルドまで持っていくとか……? でもなあ。


「あ、そうだ。カイさん手を貸してください」

「?」


 言われた通りにすると、エルフィが、ぎゅっ、と僕の手を両手で握った。

 え、何? 何が起きてるの? 


「【力強化ストレングス】」


 エルフィが呟いた瞬間、僕の体を淡い光が覆う。


「カイさん、これでもう一度矢を撃ってもらえますか」

「う、うん」


 『ラルグリスの弓』を構えて落とし穴の下にいるゴールドラビットを狙う。



 ドスッ!



『ギュゥウッ!?』


 あ、倒せた。


「やりましたねカイさん!」

「本当に倒せるなんて……エルフィ、これってエンチャント系の魔術?」

「はい! 【力強化ストレングス】でカイさんの腕力を強化できれば、矢の威力も上がると思ったんです!」 


 『ラルグリスの弓』には、【最適化】という能力がある。


 これは担い手に合わせた張力になるということだ。


 張力が上がれば当然矢の速度も上がる。

 つまりエルフィの魔術で僕の腕力が上がる → 弓の張力が上がる → 矢の威力が強くなる、という理屈である。


 いや、それにしたってこのエンチャント強すぎじゃあ……


 アレスのパーティにも『神官』はいたけど、ここまでの強化魔術は使えなかった。


 さすがエルフィ。

 レベル45は伊達じゃない。


「カイさん、私、役に立てたでしょうか!」

「うん、すごく助かったよ。ありがとう」

「……えへへ。よかったです」


 僕がお礼を言うと、エルフィは嬉しそうに微笑んでいた。

 可愛い。



――――――――――


カイ・エルクス(狩人)

▷職業補正:「力」×「耐久」×「敏捷」×「魔力」×「器用」〇「五感」〇

▷レベル:33

▷スキル:【遠視】【落とし穴】【阻害付与/敏捷下降】

▷魔術:

▷適正武器:弓


――――――――――



 ……ちなみにレベルもけっこう上がっていた。

 ゴールドラビットは経験値も多いようだ。

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