第13話

 修練場で僕とアレスが向かい合う。


 周囲は僕たちの戦いを眺めようと、ギルドにいた冒険者たちが集まっている。

 その中にははらはらした顔でこっちを見ているエルフィもいる。



『おい、どっちが勝つと思う?』

『アレスに決まってんだろ。近接職対『狩人』だぜ?』

『しかもアレスとカイじゃレベル差もかなりあるだろ』



 人垣の中からそんなやり取りが聞こえてくる。


 やっぱり僕が勝つなんて思う人はほとんどいないようだ。

 アレスの強さや『狩人』の不遇さを考えれば当然かもしれないけど。


「カイ~? 本当にやる気かよ? 今なら『アレス様すみませんでした二度と逆らいません』って謝れば許してやるぜ?」


 アレスは武器である大剣を担ぎながら、ニヤニヤと笑ってそんなことを言ってくる。

 僕はそれを無視して告げた。


「開始の合図はどうしようか」

「……はいはい、結局やる気なわけか。で、合図? そんじゃ――クロード! お前が適当に合図出せ!」


 模擬戦をする僕たちを取り囲む人垣のほうに、アレスが声を張る。

 すると彼の仲間である眼鏡の神官クロードが進み出てくる。


「僕ですか。まあ、いいですがね。では――始め!」


 号令のもと、模擬戦が始まる。


「一撃で終わらせてやらぁ!」 


 アレスが大剣を構えて突進してくる。

 刃渡り一М以上の大剣を持っているとは思えないほどの速度だ。Bランクパーティを率いる実力は伊達じゃない。


「吹っ飛べ!」


 迫る銀閃。

 それに合わせて僕は弓を前に突き出した。


「【障壁】!」

「うおっ!?」


 魔力障壁によってその攻撃を弾き返す。


 アレスはまさか自分の攻撃が跳ね返されるとは思っていなかったんだろう。

 障壁に阻まれ、態勢を崩す。隙だらけだ。


「【増殖】×二十!」


 矢を放ち、それを空中で二十本に分裂させる。


 【障壁】で敵の攻撃を弾き、すかさず【増殖】させた矢で反撃。

 この戦法は、ギルドの要注意リストに載っているオークキングにも通用した。


 初見のアレスにとっては完全に予想外の展開のはず。


 ――けれど。


「チッ……うざってぇんだよ!」


 アレスは驚異的な反応速度によって二十本の矢のほとんどを叩き落した。


 完璧に不意を突いたにも関わらず、当たったのは数本。

 しかも頬や腕の端を掠めただけだ。


(この至近距離で矢を浴びてほぼ無傷って……)


 相変わらず化け物みたいな反射神経だ。本当に人間? 

 オークキングとは比べ物にならないんだけど。


「それが神器ってやつの力か? はっ、『狩人』ごときに傷を負わされるとは思わなかったぜ」

「勝算もないのに模擬戦は挑まないよ」

「そうらしいな。けど、今ので仕留められなかった時点でお前の負けだぜ」


 アレスが獰猛に笑う。


 直後、彼の剣が赤く輝き――ゴウッ! と炎を纏った。


 冒険者の職業は基本的に『剣士』『戦士』『闘士』『盗賊』『魔術師』『神官』『狩人』の七種類。


 けれど中にはそれ以外の特別な職業を持つ人間がいる。


 アレスの職業は、剣に特殊な力を付与する『魔剣士』。

 基礎職業とは比較にならない能力を持つ、『上級職』の一つである。


「てめーも知ってるだろうが、俺の魔剣の属性は【爆炎】だ。威力はBランクの魔物を軽く吹っ飛ばすほど。

 どうも防御系のスキルを持ってるらしいが、そんなもんでいつまでも防げると思わねーことだな」


 嘲笑うようにアレスが言う。


 彼の狙いは【障壁】を効果力の魔剣によって破壊することのようだ。


 『ラルグリスの弓』の魔力障壁はかなり頑丈だけど、どこまで耐えられるかは未知数だ。

 単なる斬撃ならともかく、アレスの魔剣を何発も耐えられるかはわからない。



『あーあ、こりゃ勝負あったな』

『カイのやつ死んだんじゃね?』

『弱い者いじめってレベルじゃねーぞ』



 見物人の冒険者たちが口々にそんなことを言う声が聞こえてくる。


「これで終わりだああああああああああああッ!」


 叫びながらアレスは僕に接近し、爆炎属性の魔剣を振り下ろしてくる。

 それを。



「よっと」



「――は?」


 僕はごくごく自然な動作でかわした。

 盛大に空振りしたアレスが唖然としている。


 アレスはすぐに意識を戻して追撃してくる。


 僕はそれをことごとく回避していく。


「くそ、逃げんな! このっ!」

「ほっ、よっ」

「どっ――どうなってんだクソが! 何で当たらねえ!? 敏捷に職業補正もねえ、『狩人』ごときに……ッ!」


 アレスが魔剣を振り回しながら絶叫する。


 『狩人』の僕に、敏捷に補正のある『魔剣士』の自分があしらわれているのが屈辱なんだろう。


(……まあ、アレスが遅くなってるだけなんだけど)


 種明かしをすると、これはスキル【阻害付与/敏捷下降】のおかげだ。


 このスキルは撃った矢に『相手の敏捷を低下させる』という効果を付与できる。


 さっきの【増殖】矢にはこのスキルを使っておいた。ほとんどは弾かれたけど、このスキルはかすっただけで発動する。


 減速効果のある矢を受けたアレスは、普段よりずっと速度が落ちているのだ。


 ……自分でやっておいてなんだけど、【増殖】と【阻害付与/敏捷下降】の組み合わせは極悪過ぎる。

 初見でこれを回避するのはほぼ不可能だろう。


 僕がこのスキルを身につけたのはついさっきだし、アレスは自分が何をされたのか予想もつかないだろう。


「ちょこまか逃げてんじゃねえ!」


 爆炎を纏った魔剣も当たらなければ怖くない。


 遅くなったアレスの攻撃を避け続け、隙を見つけてはさらに減速矢を撃ち込んでいく。


 速度の落ちたアレスではそれらを回避できず、さらに阻害効果が蓄積する。


「くそっ、ふざけやがってぇええええええ!」


 アレスは苛立ったように大振りで剣を振り下ろした。

 地面が抉れるほどの大斬撃。

 食らえば気絶では済まされないだろう。


 けれど僕はその遅すぎる攻撃を余裕を持ってかわし、矢をつがえた状態の弓をアレスに突きつけた。


「……ッ!?」

「動くな」


 アレスが硬直する。


 鏃の先はアレスの口の中に押し込まれている。


 僕が左手を少し緩めるだけで、アレスは口の裏側にある延髄まで貫かれることになる。


「降参するなら剣を落とすんだ。その気がないなら、僕はこのまま撃つ」

「……」

「三秒以内だ。三、二、一――」

「…………ッッ」


 がしゃん、と音がしてアレスは剣を落とした。

 それを確認してから僕は矢を引っ込める。


 勝負ありだ。


「僕の勝ちだ。約束通り、今後僕には関わらないでもらう」


 そう言って念押しすると、アレスは顔を真っ赤にして喚く。


「ふ、ふざけんじゃねえ! 今のは無効だ! もう一回戦え!」

「無効? 何で?」

「変な弓の力を使いやがっただろ! 卑怯な真似しやがって!」 


 僕がアレスに勝てたのは弓の力があってこそだ。それは間違いない。


 けど、それを非難されるのは全くのお門違いだ。


「不平等さについてきみにどうこう言われたくないよ。『魔剣士上級職』の自分が『狩人不遇職』の僕に負けるわけない――そう思ったから、簡単に勝負に乗ってきたんじゃないの?」

「それは……」

「自分が有利な時は無視してた理屈を、負けた途端に振りかざすのは卑怯だと思うけど」


 アレスは黙り込み、悔しげに歯軋りをする。



『何だ、アレスのやつ大したことないな』

『まったくだ。普段はあんなに威張り散らしてるくせにな』

『上級職のくせに『狩人』に負けるなんて……ザコはどっちだよ』



「ぐぅううううっ……」 


 周囲からアレスを馬鹿にするような声が聞こえてくる。

 アレスは顔を真っ赤にして歯軋りしていたけど、言い返せる言葉もなかったようで、



「……こ、これで勝ったと思うなよぉおおおおおおおおっ!」



 そんな捨て台詞を残してアレスは逃げ去っていった。

 何と言う負け犬感。


「アレス!」

「お、おい、俺たちはどうすんだよ!」


 アレスを追って『赤狼の爪』の残りのメンバーも慌てて出ていく。


 よしよし。

 これで再び彼らが僕を勧誘するようなことはないだろう。


 そんなわけで、僕たちは絡んできたアレスたちを撃退することができたのだった。

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