第12話

 ニヤニヤ笑いを浮かべる赤髪の青年が目の前に立っている。


 僕が昨日まで所属していたパーティ、『赤狼の爪』のリーダーであるアレスだ。

 彼の背後には残りのメンバーの姿もある。


「カイさん、この方たちは……」

「……『赤狼の爪』。僕が昨日まで所属していた冒険者パーティだよ」

「! そうですか、彼らが……」


 こっそり尋ねてきたエルフィに小声で耳打ちしておく。

 僕はアレスに向き直り質問した。


「今さら何か用?」


 彼らが僕を追放したのはつい昨日のことだ。

 話しかけてくる目的がわからない。

 アレスの後ろで仲間たちがニヤニヤしているところを見ると、あまりいい話ではなさそうだ。


「単刀直入に言ってやる。カイ、お前をうちのパーティに戻してやるよ」

「……、は?」


 僕は目を瞬かせた。

 パーティに戻す? 僕を?


「……どういうつもり? 『魔術師』が入ったら僕はいらないって言ってたじゃないか」

「俺たちはお前の必要性に気付いたんだ。俺達にはお前の力が必要なんだよ」

「ええー……」

「何だよその嫌そうなツラは」


 何という胡散臭さ。僕を褒めるなんてこのアレス偽物じゃないの? 


「待ってください!」


 と、ここでエルフィが僕とアレスの間に割って入った。


「あ? 何だよお前」

「創神教所属のエルフィ・リアハートです。今は神器『ラルグリスの弓』の記録係としてカイさんに同行しています」

「はあ? 神器? ……ああ、何かそんなこと言ってたっけか」


 エルフィが名乗るとアレスが納得したように頷いた。

 どうやらアレスたちも僕が『ラルグリスの弓』の担い手になったことは知っているようだ。


 と、エルフィを見たアレスの仲間が声を上げる。


「お、おい、まさかその子『聖女』様じゃねえのか!?」

「? 何だよ、知ってんのか?」


 アレスが疑問顔で振り返る。そのアレスの質問には眼鏡の『神官』が呆れ顔で答えた。


「聖女エルフィは創神教のシスターの中でも特別な存在です。この街の人間なら誰でも知っていますよ」

「ふーん。そんなやつがいたんだな。知らなかったぜ」

「……アレス、あなたはもう少し戦闘以外のことに興味を持ちなさい」


 そう言って眼鏡の『神官』は溜め息を吐いた。

 アレスの脳筋っぷりは相変わらずのようだ。


「カイさんから話は聞いています。あなた方がカイさんに何を言ったかも……自分たちで追い出しておいて、今さら仲間に戻れだなんて都合が良すぎます!」

「あ? 部外者が口出しするんじゃねえよ!」

「部外者じゃありません! 私はもうカイさんの仲間です!」


 僕を庇ったままエルフィがアレスをまっすぐ見て抗議する。


「エルフィ……」


 冒険者になって以来こんなふうに誰かから庇ってもらえたのは初めてのことだ。

 こんな時なのに嬉しく感じてしまう。


「はっ、随分入れ込んでるんだな。お前カイに惚れでもしてるのか?」

「……、え、あ、その」

「何だよ。はっきり言えよ」

「…………えっと、すごく素敵な人だとは……思ってます、けど」


 アレスの軽口にエルフィが俯いたまま何事か呟く。


 心なしか髪の隙間から覗く耳が赤くなっているような。

 何だろう。彼女が何を言ったのか気になる。


『おい、カイを殺すぞ』

『ああ。あいつを始末すれば聖女様はフリーに戻る。そういうことだな?』

『聖女様と一緒にいられるだけじゃなく、あんなことまで言われるなんて許せねえ……!』


 本当にエルフィが何を言ったのか気になる。

 一体どんな発言をすればこんなにギルド中から殺気を僕に向けさせることができるんだ。


 アレスは舌打ちをして僕を見た。


「カイ。言っとくが拒否権はねえぞ。嫌だってんならボコボコにして引きずってくだけだ」


 つまりどうあっても僕をパーティに戻すつもりと。

 どうして彼らは僕を連れ戻そうとするんだろう。

 『ラルグリスの弓』の話を聞いたからとか?

 確かにあの弓の力があれば、『狩人』の僕でも戦力になる。


(……これ、どうしようか)


 今は他の冒険者も見ているし、アレスたちを追い払うことは可能だろう。


 けれどそれでは根本的な解決にならない。

 彼らは後でひと気のない場所――街の路地裏や、『魔獣の森』あたりで再び絡んでくることだろう。


 僕だけならともかく、今はエルフィもいる。

 そんな危険は受け入れられない。


 となると……こうするしかないか。


「アレス。きみの頼みを聞くには一つ条件がある」

「あ? 条件?」

「僕ときみで模擬戦をするんだ。きみが勝てば要求通り僕は『赤狼の爪』に戻る。

 けど僕が勝った場合、きみたちは二度と僕たちには関わらないでもらう」


 わざと周囲に聞こえるようにそう宣言する。


 ギルドのあちこちから、『アレスとカイが模擬戦?』『カイって『狩人』だよな』『正気か?』といった声が聞こえてくる。


「ははっ、いいぜ? やってやるよ。お前が言い出したことだからな、後悔すんじゃねえぞ!」


 アレスはニヤニヤ笑いながら承諾した。

 彼は僕に負けるなんて思っていないだろうし、この反応は予想通りだ。


「か、カイさん。いいんですか?」

「正直あんまり気は進まないけどね……」


 アレスは強い。しかも彼は大剣使いの近接型なので相性も最悪である。

 とはいえ後のことを考えれば、ここでちゃんと決着をつけておいたほうがいい。


 これだけ大勢の目撃者がいれば、アレスも約束を破ったりはしないだろう。


 あとは僕が模擬戦で勝つだけだ。


「やるならさっさと始めようぜ。修練場でいいよな?」

「そうだね」


 僕とアレスはそう言い合い、ギルドに併設される修練場に移動するのだった。

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