第16話
「……えっと、これはどういう状況なんでしょうか?」
青髪の少女を見てエルフィが困惑したように尋ねてくる。
「…………」
青髪の少女――ついさっきまで飛竜だった存在は、今は僕の上着を身にまとっている。
そして暴れる様子もなく、ちょこんと地面に腰かけている。
そんな彼女のそばに僕とエルフィも座り、会議の態勢である。
「えっと、僕が追いかけていった竜が人間の女の子になって……何か事情があるみたいだから、話を聞こうかと」
飛竜が人化し、僕に助けを求めて来たあと。
僕は一度もといた場所に戻り、冒険者たちの治療を終えたエルフィと合流していた。
少女となった飛竜には事情がありそうだったし、どうせ聞くならエルフィも一緒のほうがいいだろうと思ったからだ。
「ですが、とても信じられません。この子がさっきの飛竜だなんて」
「……何よ、あたしが嘘をついてるっていうの?」
エルフィの言葉にむっとする青髪の少女。
「そこまでは言いませんが……」
「ふん、いいわ。証拠を見せてあげる」
青髪の少女がそう言って手を前に出す。
そして、ピキ、パキ、と硬質な音とともにその腕が徐々に鱗に覆われ始める。
深い青色の美しい鱗。
間違いなく、さっき見た飛竜と同じものだ。
「! これは……」
「エルフィ、本当のことだよ。僕の目の前で飛竜が人間の姿に変わったんだ」
「本当にそうなんですね……疑ってすみません」
「わかればいいのよ」
エルフィは驚いていたけれど、ひとまず信じてくれたみたいだ。
そんなエルフィを見て、青髪の少女はうんうん頷いていた。
「それで、きみのことは何て呼べばいいかな」
「ルーナでいいわ」
「それがきみの名前?」
「ええ、そうよ」
元飛竜の青髪少女は胸を張って肯定。
……名前、あるんだ。
やっぱり普通の魔物じゃない。
まあ、そのあたりの疑問はいったん置いておこう。
今はこの子の話を聞くのが優先だ。
「それじゃあ、ルーナ。事情を聞かせてもらえる? さっき言っていた『ララ』さんの話も含めて」
「もちろ……けほ、こほっ」
飛竜の女の子ーールーナは話し出そうとした途端に咳き込んでしまう。
「だ、大丈夫? ほら、水飲んで」
「ありがと……」
水筒を差し出すと、ルーナはぐびぐびと一気に飲み干した。
まるで何日も水を飲んでいなかったかのような飲みっぷりだ。
「……」
よく見るとルーナの体のあちこちには傷があった。
他の冒険者にやられたのだろうか。
一番ひどいのは首元の輪っか上の傷だ。まるで火傷でも負わされたかのような痕がある。
こんな状態では事情を話すどころじゃないだろう。
「……エルフィ、この子に回復魔術をかけてあげてくれる?」
「……わかりました」
こくりと頷き、エルフィがルーナに近寄る。
ルーナはびくっと肩を跳ねさせた。
「な、なに? 何かするの?」
「【ヒール】」
エルフィの手から燐光が放たれルーナの体を包み込んでいく。
すると瞬く間にルーナの全身の傷は塞がった。
「き、傷が治ってる! 何これ!?」
「回復魔術です。まだ痛いところはありますか?」
「ないわ! あなた結構やるわね!」
「ふふ、ありがとうございます」
ルーナがはしゃぎながら言った褒め言葉にエルフィが笑みを浮かべる。
……何というか、全然魔物っぽくないなあルーナって。
普通のいい子って感じだ。
若干気は強そうだけど。
そんなことを思っていると、不意にルーナははっとした表情を浮かべた。
「怪我さえなければ今度こそ
「はいちょっと待った」
「ぎゃん!」
駆け出そうとしたルーナの首根っこを掴んで止める。
「何するのよ!」
「一人で行くつもり?」
「当たり前じゃない! ララが待ってるのよ!」
そのララが何者かっていうのはさておいて。
「行き先はわかるの?」
「知らない、けど……きっと街にいるわ!」
「街中できみが竜の姿になったら大騒ぎになるね」
「……う」
「それに、街は広いよ。どこにいるか本当にわかるの?」
「…………わかんない、けど……じゃあどうしろっていうのよ!」
噛み付くように言ってくるルーナに、僕は答えた。
「僕も協力する。だから、事情を聞かせてほしい」
「協力……? 手伝ってくれるの?」
「うん。もう関わっちゃったし、放っておけないよ」
僕が言うとルーナは信じられないというように目を見開いた。
いや、そんな顔をされても。
竜とはいえ、小さな女の子がここまで切羽詰まっているのを見て放置するのは僕には無理だ。
「もちろん私もお手伝いしますよ」
「……」
エルフィにもそう言われて、ルーナは少し沈黙した後。
「……わかった。あなたたちのことを信じるわ」
そう言って、ゆっくりと事情を話し始めた。
▽
ルーナが語ったのは、以下のようなことだ。
ルーナは岩山に暮らす『氷竜』の一族だった。
一族は人間に変身できるものの、人間と会ってはならないという掟があった。
けれどルーナは好奇心から人間を見てみたいと思い、掟を破って山を下りた。
そしてすぐに何者かにさらわれたという。
「さらわれたって……人間じゃないってバレたってこと?」
「そんなヘマしてないわ。でも、あいつらは、『親がいない子供は狙いやすい』って」
どうやらルーナは人里に下りたあと、もの知らずな子供として認識され、誘拐されてしまったようだ。
この国では奴隷の売買は禁じられている。
けれど需要がなくなったわけじゃない。
ルーナのような(外見上は)可愛らしい少女が狙われるのは珍しくない。
彼女は当然暴れた。
竜の姿となって。
それで逃げ出せればよかったんだけど、何十人もの敵を倒したあとに力尽き、『首輪』を嵌められたらしい。
首輪は魔力に反応して激痛を与える。
ルーナは竜の姿になることも、氷の魔術を操ることもできなくなった。
「あとは、檻に入れられて、運ばれて、よくわからない場所で人間たちに見せられて……運び屋という人間たちに、預けられたわ」
ルーナはそのまま商品となった。
非合法の闇市で見世物にされ、そして何者かに買われた。
奴隷商は彼女を運び屋に預け、その買い手のもとへと届けようとした。
本来ならば首輪をつけられ、無力化されたルーナは従うしかないはずだった。
事実、この街の近くまでは運び屋によって移動させられたそうだ。
それが今、こうして自由にしているという理由は――
「……ララが、あたしを逃がしてくれたの。首輪を魔術で壊して」
「ララ、っていうのは?」
「私と同じ馬車で運ばれていた、人間の雌の子ども」
「……なるほど」
ルーナは彼女と同じ、人身売買の被害者であるララという女の子によって逃がされた。
ルーナは首輪さえ外れれば強力な飛竜に戻れる。
逃げ出すのは容易だった。
けれど、長い移送期間で憔悴していたルーナでは、自分を助けてくれたララを連れて行くことはできなかった。
運び屋の一人が強力な『魔術師』だったからだ。
ルーナは恩人の救出を断念せざるを得なかった。
「そこからどうしたの?」
「……力を戻そうと思って、一旦森に隠れたわ。そしたら人間たちが襲ってくるようになった。さっきみたいに」
冒険者にとって飛竜は狙う価値のある魔物だ。
素材は高く売れるし、竜を倒せば箔がつく。
そうして狙われるようになり、ルーナは体力回復に努めることもできなくなった。
「……ララは私を逃がしたせいで、きっとひどいことをされてる。でも、私にはどうすることもできなくて……!」
ぐす、と鼻を鳴らす音。
ルーナはそこまで言ってぼろぼろと泣いてしまった。
堪えてきたものが決壊してしまったように。
不安だったんだろう。
彼女にとってここは異国のような場所で、頼れる味方もおらず、次から次へと冒険者が襲いかかってくる。
そんな状況で平気でいられるわけがない。
事情はわかった。
あとは動くだけだ。
「カイさん、これからどうしますか?」
「とりあえず街に戻ろう。エルフィはルーナについててもらえるかな」
「わかりました。カイさんはどうするんですか?」
エルフィの質問に僕はこう答えた。
「ルーナの恩人だっていう、ララって子を助けてくるよ」
ルーナが目を見開いた。
「ララの居場所を知ってるの!?」
「多分ね。『穴熊のねぐら亭』っていう宿に行けば、何かわかると思う」
「『穴熊のねぐら亭』……あっ!」
エルフィが気づいたように声を上げる。
思い出されるのはギルドに張り出されていた一枚の依頼書。
『【飛竜の調査依頼】
『魔獣の森』で飛竜を見かけた。移動中に積み荷を襲われたらひとたまりもない。目撃情報求む。情報に応じて報酬を支払う。
なお、飛竜を討伐した場合、報酬は支払わないものとする。
情報はこちらまで。『穴熊のねぐら亭』、行商人モリス』
飛竜を見かけた、というこの依頼人が怪しい。
飛竜が出たなんて情報はまだ出回っていなかった。
ギルドでも掴んでないような情報を行商人が持っているなんて不思議だったけど、彼らがその飛竜を逃がした張本人なら話は別だ。
討伐するなという指示も、おそらく『商品』であるルーナを無傷で回収したいからだろう。
いずれにしてもこの依頼人に会えば何かわかるはずだ。
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