第5話


 女の子から聞いた事情はこんな感じだ。


 売り物になる花や薬草なんかを探して、冒険者の狩り場でもある『魔獣の森』に行った。


 そこで採集をしている途中で一体のオークに遭遇。


 オークは力こそ強いが動きは遅い。


 簡単に逃げられると思ったが――何とそのオークは遠吠えを上げて仲間を呼んだらしい。


「オークから逃げたことはあったけど、でも仲間を呼ばれるなんて初めてで、どうしていいかわからなくて……」

「それで、慌てて逃げたら一人だけはぐれた?」


 僕が確認すると、女の子はこくりと頷いた。


 エルフィが僕に聞いてくる。


「カイさん。オークが群れを作ったというのはどういうことなんでしょう?」

「たぶん、オークキングがいるんだと思う」


 『魔獣の森』は基本的にあまり強い魔物はいない。


 けれど奥まで行けば強い種類もいて、オークキングはその一種だ。


 通常は群れないオークを率いて十体前後の小集団をつくる。

 そして下っ端オークを使って偵察を行い、獲物を探すのだ。


 子供たちを見つけたのは、偵察のために森の奥からやってきた下っ端オークの一体だろう。


「僕、森まで行ってくるよ。取り残された子供が心配だ」


 オークは雑食で、特に人間の子供のような柔らかい肉が大好物とされている。


 一刻も早く行かないと手遅れになるかもしれない。


「私も行きます。子供がけがをしているかもしれませんし」


 エルフィがそんなことを言ってくる。

 正直、冒険者としての経験がないエルフィを連れて行くのは気が引けたけど……子供がけがをして時のことを考えると、来てもらったほうがよさそうだ。


「わかった。でも、僕から離れないでね」

「はいっ」


 素直に頷くエルフィから視線を外し、子供たちを見る。


「君たちはここで待ってること。絶対に追ってこないようにね。必ず君たちの友達は連れて帰ってくるから」


 それだけ言って、僕とエルフィは町の出口に向かって駆け出した。





 街を出た僕とエルフィは、大急ぎで森の入り口までやってきていた。


「はあ、はあっ……」

「エルフィ、大丈夫?」

「だい、丈夫です。すみません、体力がなくって……」


 そう言いながらエルフィはぜえぜえと肩で息をしている。


 途中で何度か転びそうになっていたし、あまり運動が得意ではないのかもしれない。


「ちょっと休んでて。探してくるから」

「探す?」

「上からね」


 そう言って僕は手近に木に足をかけ、跳ねるように登っていく。


「き、器用ですねカイさん」


 下からエルフィの呆気に取られたような声。


 木登りは僕の特技の一つだ。孤児院時代からよくやっていたし、森で狩りをするなら樹上に陣取ったほうがいいこともある。


 てっぺんまで登り、僕はスキル【遠視】を発動した。


 これは弓の能力ではなく『狩人』として僕が所持しているスキルだ。


 これを使うと遠くの景色を鮮明に見ることができる。


(オークの群れは……あそこか)


 わりとあっさり標的は見つかった。


 オークが八体に、一回り大きなオークキングが一体。


 そして群れから隠れるようにすぐ近くの樹上に赤毛の女の子がいる。

 見覚えがあるし、あの子がはぐれたという女の子だろう。


 まだ無事みたいだ。よかった。


 よし、それじゃあ駆け付けようか――と思って、ふと気付く。


(……あれ、もしかしてここから狙える?)


 普通の弓なら間違いなく届かない距離だ。

 けれど『ラルグリスの弓』ならどうだろうか。


 やってみる価値はあるかもしれない。


 僕は弓を呼び出し、武器屋で検証した通りに矢も出現させる。


 ミスをすれば助けに来たはずの女の子に当たる可能性はある。


 けど、なぜか僕は外す気がしなかった。


 矢をつがえて放つ。


「【絶対命中】、【加速】、【増殖】×かける九」


 放った矢は空中で加速し、九本に分裂した。

 そしてそのままオークキングを含めた九体めがけて飛んでいき――全弾命中。


 ドスドスドスッ、という幻聴が聞こえた。


 脳天に矢を突き刺されたオークたちは、すべてその場に倒れ伏した。


 すぐそばの樹上にいる女の子は呆気に取られたようにその光景を見下ろしている。


「……」


 僕は無言で『ラルグリスの弓』を消すと木から降りていく。


「カイさん! どうですか、子供は見つかりましたか!?」


 勢い込んで尋ねてくるエルフィに僕は頷いた。


「うん。見つけたよ。子供も無事だった。ここから三百Мメルくらいの位置かな」


「そうですか、よかった……! それじゃあ、急いで向かいましょう! 私も少し休んだら平気になりましたから!」


 今にも走り出しそうなエルフィに僕は告げた。


「いや、その……急がなくて大丈夫じゃないかな」

「でも、子供がオークに襲われたら大変で」

「そのオークなんだけど、全部倒しちゃった」

「……え? カイさんがですか?」

「うん」


 頷く僕に、理解できないというように瞬きをするエルフィ。その気持ちはよくわかる。


 強すぎるよこの弓。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る