第4話
「ところでカイ」
「何ですか?」
「……お前さん、大丈夫か?」
店主が心配そうに言った。
無理もない。検証を終えた僕は地面に倒れ伏しているのだから。
「まさか弓の能力を使うのに制限があるとは思いませんでしたよ……」
『ラルグリスの弓』の能力のうち、いくつかには上限があった。
たとえば、撃った矢を空中で増やす【増殖】。
結論から言うと、【増殖】で増やせた矢の本数は二十五本までだった。二十五本なら何回でも平気で使えるのに、一本でも増やそうとするとすごい頭痛に襲われる。
『ラルグリスの弓』の限界、というわけじゃない。
弓が意図的にそうなるよう機能を制限しているのだ。
「しかしえらく中途半端な数字だな。二十五って」
「たぶん、僕の『レベル』に対応してるんだと思います」
「レベル? ……ああ、職業のレベルのことか」
「はい」
冒険者は魔物を倒すことでレベルが上がっていく。
僕のレベルが現在25なので、『ラルグリスの弓』はその数字を上限に設定しているんだろう。
「つまり、お前さんのレベルが上がればその制限も解除されてくってわけか」
「そうなりますね」
今の僕では『ラルグリスの弓』の本来の力を引き出せない。
いや、それでも凄い性能なんだけど……まだまだ上がある。
今後僕が強くなって弓に認められれば使いこなすこともできるようになるだろう。
「まあ今のお前さんには分不相応の武器ってことだな」
「うぐ」
ばっさり言われてしまうけど反論できない。
これから弓に認められるよう、頑張って強くならないといけないなあ。
「で、これからどうするんだ? 魔物でも狩りに行くか?」
僕は首を横に振った。
「人を待っているので、もう少しここにいてもいいですか?」
「そりゃ構わねえが……お前さんが誰かと待ち合わせなんて珍しいな」
なんと話していると。
「――ごめんください。カイさん、いらっしゃいますか?」
店のほうからちょうど話題に上っていた人の声が聞こえてきた。
おお、噂をすれば。
どうやら準備が終わったようだ。
僕と店主が庭から店のほうに戻ると、カウンターの前にいたのは予想通りエルフィさんだった。
彼女は僕を見て小さく頭を下げてくる。
「あ、カイさん。すみません、お待たせしてしまって」
「ううん、全然待ってな――」
言いかけて、僕は思わず言葉を途切れさせた。
エルフィさんが着ていたのはいつものシスター服ではなく、丈の長い若草色のローブに足元にはブーツという、どこからどう見ても冒険者のような服装だったのだ。
……どうしよう。めちゃくちゃ可愛いんだけど。
「カイさん?」
エルフィさんに呼ばれて、僕はようやく再起動する。
「な、何でもないよ。それよりその恰好は?」
「実は同僚のシスターに裁縫が好きな人がいまして、その人からいただいたんです。『冒険者コス』というんだとか」
「へえ……」
『冒険者コス』というのが何なのかわからないけど、エルフィさんの服装は防具屋で売っているものと同じくらい丈夫かつ動きやすそうだ。
よくできてるなあ。
そんなことを考えていると、エルフィさんが不安そうに尋ねてくる。
「あの……変、でしょうか?」
僕は慌てて首を横に振った。
「ううん、そんなことないよ。ちゃんと冒険者に見える」
「そうですか。よかったです」
「それに、エルフィさんに似合っていて可愛いと思うよ」
「かわっ」
面と向かって褒められることが少ないのか、顔を真っ赤にして固まるエルフィさん。
それから消え入りそうな声で、「ありがとうございます……」と言ってくる。
「え、あ、いや。……どういたしまして」
どうしよう。そんな反応をされると僕まで恥ずかしくなってくる。
なんだろうこの居心地の悪さは。嘘は言っていないはずなのに。
「俺は何を見せられてんだ……?」
店主はそんなことを呟いていた。
僕はエルフィさんが同行している理由を店主に説明した。
「つまりシスターの嬢ちゃんはカイと一緒に冒険者として活動していくのか?」
「はい。私は『ラルグリスの弓』の記録係ですから」
店主はエルフィさんに言った。
「まあ、頑張れよ。カイが何かしたら助けてやるから俺に言いな」
「あ、何さらっと好感度上げようとしてるんですか」
「大丈夫です。カイさんは神様の弓に選ばれるくらい心の清らかな方ですから。変なことなんてしたりしませんよ。ね?」
信頼の笑みを向けてくるエルフィさん。
もちろん大丈夫です。そんな度胸はないので。
「しっかしお前ら、パーティ組むのにそれでいいのか?」
「? 何の話ですか?」
「喋り方。二人ともさん付けで他人行儀じゃねえか」
言われてみればそうかもしれない。
エルフィさんも同じ考えのようで、なるほどと頷いている。
「そうですね。ではカイさん、私のことは『エルフィ』って呼んでください」
「うん、わかった。エルフィさ……エルフィ」
「はい」
にっこり笑うエルフィさん――もといエルフィ。
その純粋な笑顔に思わず視線が泳いでしまう。教会のシスターさんって、誰もがこんなに可愛いものなんだろうか。
「それじゃあ、僕のことも呼び捨てで」
「わかりました。では、かっ……」
言いかけて、不自然に硬直するエルフィ。
そのままだんだん顔が赤くなっていく。
そういえば、エルフィが誰かを呼び捨てにしている場面を今まで見たことがない。
もしかして苦手だったりするんだろうか。
「か、か……」
「あの、やりづらかったら無理しなくていいよ?」
パーティを組んだんだから仲良くなりたいのは本音だけど、慣れないことを強要するのは申し訳なさ過ぎる。
そんな僕の心の声が届いたのか、エルフィはどうにか言葉を発した。
どこか緊張したような上目遣いで――
「カイ、君。……とか」
「……ぅえっ?」
何か変な声が出た。
何だろう。普段の呼び方と大差ないし、別に馴れ馴れしくされているわけでもないはずなのに、何だか急に恥ずかしくなってきた。
エルフィもエルフィで顔が赤くなりすぎて頭から湯気が出始めている。
これはよくない。何だかわからないけどよくない。
「ごめんエルフィ。やっぱりいつも通りでもいいかな……」
「は、はい。私もそれが一番話しやすいです!」
「お前ら俺がいること忘れてねえか?」
まったく、呼び方ひとつでこんなに緊張するなんて思わなかった。
……なんてやり取りをしていると。
『――ねがいします! 冒険者様、リナを助けてください!』
武器屋の外からそんな子供の声が聞こえてきた。
「何だぁ?」
店主が怪訝そうな顔をする中、僕とエルフィは顔を見合わせた。
「ちょっと見てきます!」
そう言って店の外に出る。
すると、道の真ん中に三人の子供がいた。
「あの子たち、孤児の……」
エルフィが呟く。
そこにいたのは僕がさっき串肉を買ってあげた子たちだった。
「どうかしたの?」
孤児たちのところに駆け寄り、声をかける。
すると女の子が僕を見て驚いたような顔をする。
「お兄さん!? それに、教会のお姉さんも……」
「声が聞こえたから見に来たんだ。……何かあったの?」
よく見るとこの子たちは全員体のあちこちに擦り傷や泥がついている。
それに何か焦っているような雰囲気だ。何か嫌な予感がする。
僕の質問に、女の子は半泣きで言った。
「リナがまだ森にいるの。オークの群れに襲われて、私たちと逃げる途中ではぐれちゃって……」
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