第3話


「で、これがその弓か」


 僕がいつもお世話になっている武器屋、ベネット武具店の店主は『ラルグリスの弓』を見てそう言った。


 教会を出た僕はそのまま武器屋にやってきた。


 そして店主に事情を説明して、今はカウンター越しに武器を見せている。


 ちなみにエルフィさんはまだ来ていない。

 荷物の準備に時間がかかっているんだろう。


「確かにこりゃあすげえ弓だな」

「普通の弓とはやっぱり違うんですか?」

「ああ。見たこともねえ素材だ。単なる金属じゃないんだろうが……」


 どうやら『ラルグリスの弓』は武器屋の店主から見ても特殊なものらしい。


 僕の手にくっついたままの弓をいろんな角度から見ながら、店主は興味深そうにしている。


「しかし数日ぶりに来たと思ったら、パーティをクビになってるわ、神器の持ち主に選ばれてるわ、すげー人生送ってんなお前さん」

「僕もそう思います……」


 何というか、今日一日で色んなことがあり過ぎた。


「って、あれ? 僕がパーティを追い出されたって話しましたっけ」

「アレスたちがさっきうちに来て話してったぜ。何でも足手まといがいなくなったから『ワータイガー』を討伐しに行くそうだ」

「……そうですか」


 その足手まといっていうのは僕のことなんだろうなあ……


「落ち込むな落ち込むな。冒険者やってりゃそんなこともある」


 店主はガハハと豪快に笑った。


「で、その弓は出たり消えたりする以外に何か能力があるのか?」

「わかりません。鑑定してもらおうと思って持ってきたんです」

「そういうことか。ちょっと待ってろ」


 店主はカウンターの内側から武器の鑑定紙を取り出した。


 鑑定紙は魔力を吸う植物から作られた特殊な紙で、それを張り付けると装備品の能力を教えてくれる。


 鑑定待ちの間、暇つぶしに店主に話を振ってみる。


「確か、強い魔物の素材なんかを使った装備品には特殊効果がつくことがあるんですよね」

「そうだな。たとえば竜の素材を使った剣が炎を纏ったり、水棲種の素材を使った鎧を着たら水中で呼吸ができるようになったりとかな」

「強い冒険者はそういうの持ってますよね」


 一流の冒険者パーティは全員が特殊効果付きの武器を装備していたりするらしい。

 僕は見たこともないけど。


「だいたい能力は一つの武器に一つだが、まれに二つつく場合もあるらしいな」

「三つはないんですか?」

「あるにはある。つっても、そこまでいったら国宝クラスだがな」

「国宝って……」


 なるほど。やっぱり複数の能力を持つ武器というのは相当珍しいようだ。


 そんな感じで談笑していたら鑑定が終わった。


「……お、結果が出たな。そんじゃどれどれ――」


 店主がカウンターに置いてくれた鑑定紙を覗き込む。


 表示された結果は、



――――――――――


『ラルグリスの弓』

▷ランク:SS

▷スキル:【矢数無限】【絶対命中】【射程拡張】【不壊】【最適化】【自在出現】【魔力吸収】【加速】【増殖】【障壁】


――――――――――



「「多っ!?」」


 能力の数が多すぎる。国宝どころの騒ぎじゃない!


「しかもランクSSって……見たことねえぞこんなの……」


 専門家のはずの店主も驚いている。


 ランクというのは武器の性能評価のことだ。最低がFで、そこからE、D、C、B、A、Sと上がっていく。SSランク、というのはおそらくさらにその上ということだろう。


 そんなものがあるなんて聞いたことないけど、実際に表示されているんだから納得するしかない。


「しかし見たことねえ能力ばっかだな。お前さんさえよければ、うちの裏で検証してくか?」

「是非!」


 僕は即決で頷いた。


 そんなわけで武器屋の裏にある庭にやってきた。


「的とか藁の人形とかがありますね」

「うちで作ってる武器の試し撃ちとか試し斬り用だな。弓の的はあれだ」


 けっこう広い庭の塀に、同心円状の木製的が立てかけてある。直径は二Мメルほどだろう。


「それじゃあお借りしますね」


 僕はそう言って的とは反対側の庭の端に立つ。


 ――と。


「……、」

「? カイ、どうした」


 急に動きを止めた僕に店主が怪訝そうな声を出す。


 僕はそれを聞きながら心の中で納得していた。


 ……なるほど、こうなるのか。


 僕は的から離れた位置に立ち、弓を構えた。


(まずは矢をイメージして……)


 念じた瞬間、弓を持つのと反対側の手に一本の矢が出現した。


 僕はそれを『ラルグリスの弓』につがえて的めがけて撃つ。


 それが空中にあるうちに、僕は弓の能力を発動させる。


「【増殖】×かける十」


 的に向かう途中で矢が光り、いきなり十本に増加した。


 十本の矢の群れはすべてまっすぐ飛んでいき、ドガガガガガッ! と的の中央に突き刺さった。なるほど。あれが『絶対命中』か。


「な、な……何だそりゃあ!?」


 武器屋の店主が仰天して僕に尋ねてくる。


「弓の能力です。『矢数無限』は念じると矢が現れる効果、『絶対命中』なら狙った的に必ず当たる効果、『増殖』なら撃った矢が空中で増える効果みたいですね」

「みたいですって……お前さん、能力を知ってたのか!?」

「知らないはずなんですけど……」


 これは僕もよくわからない。


 ただ、的の前に立った時に弓の能力が頭の中にイメージとして浮かび上がってきたのだ。

 まるで弓を使うという僕の意思に反応したかのように。


「つまり、今のお前さんは何となくその弓の使い方がわかると?」

「はい」

「何だよその武器……意味わかんねえよ……」


 店主が呻いている。うん。正直僕も同じ気持ちだ。


「じゃあ、他の能力も使い方がわかるのか?」

「まあ、大体は」

「ちょっとやってみてくれよ」


 もちろんそのつもりだ。


 僕も何となくわかるだけで、実際に使ってみないとわからないこともあるだろうし。


「じゃあまず、【障壁】」


 弓の持ち手を中心に、半透明の障壁が出現する。


「なんだこれ?」

「防御能力です。これに触ると弾かれます」


 おそらく僕以外の人間を拒絶しているのはこの能力だろう。


 接近戦に弱い弓使いとしてはかなりありがたい能力といえる。


「防御ねえ……実際どのくらいのもんなんだ?」

「そこまではちょっと……でも、実戦で使う前に一回は強度を確かめておきたいですね」

「そんじゃちょっとやってみるか」


 と、庭に隣接する工房に引っ込んだ店主は、いくつかの武器を抱えて戻ってきた。


「まずはナイフだな」


 そう言って軽い動きでナイフを障壁にぶつけられる。


 ナイフは根元からへし折れて店主の後方に吹っ飛んでいった。


「……次は剣だな」


 剣は半ばから折れて店主の後方に吹っ飛んでいった。


「「……」」


 どうしよう。何だかとても居たたまれない。


 店主は持ってきた中でもっとも大きなものを振りかぶった。


「ち、畜生負けてたまるか! 食らいやがれ俺の自信作! 魔鉱石をふんだんに使ったこの斧ならさすがに防げるはずが――」


 ぽきっ、と斧は障壁との衝突に耐え切れず柄がヘシ折れた。


「ああああ俺の自信作がぁ―――――!?」


 絶叫して地面に拳を打ち付ける店主。障壁に耐え切れず持ってきた武器がすべて壊れてしまったことで、職人としてのプライドがいたく傷ついてしまったようだ。


 そんな感じで検証を進めていったところ、能力の大まかな効果が判明した。



 『矢数無限』は何もないところから好きなだけ矢を取り出せる。

 『絶対命中』は狙った標的に必ず当たる。

 『射程拡張』は矢を失速させずにはるか彼方まで飛ばすことができる。

 『不壊』は弓に絶対的な頑丈さを与える。

 『最適化』は弓を僕がもっとも使いやすいサイズ、張力にする。

 『自在出現』は弓を自在に出したり消したりできる。

 『魔力吸収』は周辺の大気から魔力を吸収する。

 『加速』は撃った矢を加速させる。

 『増殖』は撃った矢を増やす。

 『障壁』は半透明の壁を作り出す。



 僕は言った。


「とんでもないですね、この弓」


 正直強すぎて現実味がない。


「まったくだ。ぶっ壊れ性能もいいとこだな」

「ぶっ壊れ?」

「うちらの間じゃ、性能が強すぎる装備を『壊れ』とか呼んだりすんだよ。で、この弓はそんなレベルじゃねえからぶっ壊れってわけだ」


 なるほど。武器職人の専門用語みたいなものだろうか。


「それは確かにぶっ壊れてますね」

「売ったらいくらになるんだろうな」

「さすがに預かってるものを売るのは……」


 そもそも手から離れないので売りようがない。


 何にしても、この弓が凄まじい性能を持っていることは間違いなさそうだ。

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