第6話
森の中を進んでいき、女の子のいる場所に到着した。
「ほ、本当にオークたちが倒されてます……」
あたりには額を矢に貫かれたオークの死骸が転がっている。
これらはさっき僕が樹上から撃った矢で死んだオークたちだ。
一番奥にはひときわ大きいオークキングも倒れている。
「カイさんの言ったこと、本当だったんですね」
「まあね」
ちなみにここに来る前に、武器屋で検証した『ラルグリスの弓』の能力についてはエルフィに説明してある。
僕がどうやってオークたちを倒したかも。
とはいえ話に聞くのと実際に成果を見るのとでは違うようで、エルフィは目の前の光景にしきりに驚いていた。
「お、お兄ちゃん……?」
と、木の陰から現れた赤毛の女の子が僕に声をかけてくる。
その顔には見覚えがある。
昼間、僕が串肉を奢ったときに最初に花をくれた子だ。
オークたちから必死に逃げたためか、腕や足のあちこちにすり傷や土がついている。
「うん。助けに来たよ」
僕が言うと、女の子――リナは、ぶわっと泣き出した。
「こわかった……死んじゃうかと思ったぁああああああ」
安堵したからかその場にへたり込んでしまうリナ。
泣きじゃくるリナにエルフィが近づいていく。
「怖かったですね。怪我はしていませんか?」
「ひ、膝……すりむいちゃった……」
「それはいけません。治してあげますからね」
そう言って穏やかな顔で【ヒール】をかけるエルフィ。『神官』の職業につく彼女は回復魔術が使えるのだ。
リナのすりむいた膝がみるみるうちに癒えていく。
「これでよし、です」
「ありがと、お姉ちゃん」
「いえいえ。どうしたしまして」
そんな和やかなやり取りをするエルフィとリナの背後で。
それまで倒れていたオークキングが、ゆっくりと立ち上がった。
「――――っ、」
体から一気に血の気が引いた。他のオークと違ってオークキングの肉体は矢を受けても生存できるほど頑丈だったらしい。
右目に矢が突き立っているのに、まだオークキングは死んでいない。
残った左目がすぐ近くのエルフィたちをとらえている。
『フゥッ、フゥッ――グルォオオオオオオオオッ!』
オークキングが咆哮を上げ、エルフィたちに襲い掛かろうとしたところでようやく二人はその存在に気付いた。
エルフィは咄嗟にリナに覆いかぶさって守ろうとする。
その真横を走り抜けて僕はオークキングの前に出た。
実体化させた弓を前に突き出す。
「【障壁】!」
『グルアッ!?』
半透明の壁に拒絶され、オークキングが大きく弾き飛ばされた。
僕との間に距離が生まれる。
『狩人』は近づかれたら弱い。
だから僕は即座に反撃に移った。
矢を生み出し、オークキングに狙いを定める。
「【増殖】
放った矢が空中で二十本に分裂し、オークキングへと殺到した。
『グルォオオオオオッ……』
一本ならともかくこの数では耐え切れなかったようで、オークキングは穴だらけになって後ろ向きに倒れる。
確認すると、今度は確実に絶命していた。
(…………あっぶなぁぁああ……っ! 間に合ってよかった……!)
まさか頭に矢を命中させていたのに立ち上がってくるなんて思わなかった。
やるなオークキング。
ギルドの要注意リストに載っているだけのことはある。
「二人とも、怪我はない?」
「大丈夫です。……助けてくれてありがとうございます」
「お兄ちゃんすごーい!」
エルフィはこくこく頷き、リナは無邪気に目を輝かせている。
「お兄ちゃんいま何したの!? オークの攻撃をばちばちって防いで、いきなり矢が出てきて、撃った矢がぶわあって増えた!」
「この弓には色んな能力があるからね。こうやって好きに出したり消したりもできるよ」
「何それかっこいいー!」
目をきらきらさせるリナの横では、エルフィがこんなことを言った。
「弓もすごいですが、やっぱりカイさんは本職の冒険者さんですね。一瞬の判断力というんでしょうか……すごく頼もしいです」
「そ、そうかな」
「はい」
何だか照れる。
しかし調子に乗ってはいけない。『ラルグリスの弓』のおかげでなんとかなったけど、今後はもっと周囲に気を配らないと。
気を取り直すように僕はエルフィとリナに声をかける。
「さて、それじゃ二人とも」
「はい。町に戻るんですね?」
「ううん。オークたちの死体を解体するからちょっとだけ時間もらっていい?」
「え? 解体?」
僕は二人から離れてナイフを取り出した。
オークだけならともかく、オークキングの素材なんて逃すわけにはいかない。
心臓部である魔核はもちろん、牙や毛皮は高値で買い取ってもらえるんだから。
まずナイフで刺して、そこから肉と毛皮の間に刃を滑り込ませて……む、やりづらいなあ。
仕方ない。素手で皮を剥がすしかないか。
べりべりべりべりっ!
よし、オークキングの毛皮ゲット。
「せっかくだし肉もちょっと持って行こうかな」
ナイフで胴を割いて背中側からオークキングの腹に手を突っ込み、ずるずるずるずるっ、と内臓を引きずり出す。それが済んだら魔核を抉り出し、高く売れる部分の肉だけを切り出して布にくるむ。
「~♪」
この手の作業が僕はけっこう嫌いじゃない。
猟師だった頃を思い出して懐かしい気分になるし、報酬額とかを想像すると楽しくなる。
いくらになるかなー。十万ユールは固いと思うんだけど。
「お姉ちゃん、お兄ちゃんが笑顔でオークをばらばらにしてる……」
「お、怯えてはいけませんよリナ。カイさんは冒険者なんですからあのくらい当然なんです」
普通のオークの素材も売れるけど、さすがに持ちきれないのでギルドに報告して取りに来てもらおう。
そんな感じで素材を集めて、ほくほく顔でエルフィたちの元に戻る。
「ごめんね待たせて。それじゃあ行こうか」
「は、はい」
「……お兄ちゃん、ちょっと怖い……」
頬を血まみれにして、オークキングの毛皮をかついだ僕を、なぜか女性陣二人はやや引きつった顔で見ていた。
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