話してよ

古賀は屋上にいた。昼休憩の時間を堪能していた。グリーンチェックの柄パンツを履き、白インナーにブラックジャケットを着こなしている。流れるような黒髪ストレートのショートヘアは可憐と言う一言しか出ないものだった。耳には金リングのイヤリングをつけ、まるで薔薇の花の色のような深紅の口紅を我が物にしていた。その赤は全ての視線を吸い込んでしまうようだった。

だがその手には似つかわしく無い煙草が添えられていた。腕時計を見た。時間は十三時十五分。昼休憩が終わるまで残り五分と言ったところだ。煙草を吸って吐く。自分から出た紫煙を目で追っていると屋上の扉が開く音がした。

古賀は扉の方に振り向く。そこには部下の山井が立っていた。山井はショートほどの茶色に染められた髪の毛を揺らしながら古河に近づいてくる。


「古賀さん。……部長が……呼んでます」


山井は息を切らし言葉を途中切りながら言った。古賀はそれを聞くと小さく舌打ちをし煙草を灰皿の上で潰すようにして消した。そして言った。


「わかった。すぐ行く」


古賀は急足で部長の席へと向かった。それから先は長かった。グチグチと文句を言われる。苦ではなかった。楽でもなかった。ひとしきり文句が終わると古賀は自分の席へと向かった。重い腰を重力に任せ落とした。「はぁ」とため息が漏れる。


「先輩?大丈夫っすか?」


隣にデスクを構えていた山井が徐に話しかけた。


「えぇ、大丈夫」


ため息をつくかのように言葉を吐き出し応答する。


「こんな会社辞めちゃえばいいじゃない」


背後から話しかけて来たのは松岡だった。年齢は50歳ほどだろうか。ベージュのビジネススーツに身を包みまるで貴婦人のようだった。


「最近はよくあるじゃない。転職よ転職。貴方、顔がいいんだから。どこでも雇ってくれるでしょ?」


松岡が続けた。古賀は松岡の言葉が一瞬嫌味のようなものかと思ったが、その言葉は褒めている事に気がついた。


「松岡さんは辞めないんですか?」


山井が不思議な顔をしながら聞いた。松岡は山井の質問の意味がわからなかったが理解し答えた。


「私がやめると思って?そんなの辞めないわよ。この会社ができた当初からいるんだから顔は広いしグチグチ何かを言われることもないのよ」


会社は大手の出版社だった。松岡はいわゆる一期目の会社員として就職していた。


「実は私、今年転職しようと思ってるんです!」


山井が高らかに宣言した。


「あら、そうなの?いいわね」


松岡が羨ましそうに言った。古賀は山井の宣言を聞き、ふと、去年のことを思い出した。


「山井。あんた、それ去年も言ってたよ」


「あれ……あっそうでしたね」


山井はハッと思い出した。

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