第7話 鍵を握るお地蔵さま

「いいですよ。何でも言ってください」すぐに天乃が笑顔で答えた。


 すると、美羽は少し躊躇ためらっていたが、落ち着かせるようにふーっと深呼吸をすると、思い切り天乃の胸に抱きついた。

「これは私の分、そして……これはお母さんの分」と二度ギュッと腕に力を込め、そして離れた。

 ありがとうございました、と頭を下げると急いで事務所を出ようとした。


 天乃は、突然自分を訪ねてきて娘だと名乗り、逢いたかったと言って抱きついてきた大人の美羽を呆然ぼうぜんとして見送っていたが、どんなに辻褄つじつまが合わないこの状況でもなぜか本当だと信じられた。


 帝翔はハッと我に返ると、急いで美羽を呼び止め、何かあったらここに電話しなさい、と咄嗟とっさに手帳のページを1枚破って携帯番号をメモして渡して

「君の幸せをいつも祈っているよ」と温かい微笑みで美羽の背中をいつまでも見送っていたのだった。



 美羽は教会への帰り道をとぼとぼ歩きながら、涙が止めどなく溢れるに任せていた。

 ──お父さんは私のことを本当に信じてくれたのだろうか? きっと頭の可笑おかしなファンだと思われたかもしれない。でも、いいの。逢いたかったお父さんに逢えたから。


 これで未来はどうなっただろうか。やっぱりお父さんは亡くなったままだろうか、それとも現実が変わって、まだ生きているかもしれない。そんな夢のようなことを考えながら教会へと帰って行った。



 教会に着くと、シスター伊藤がやってきて美羽を優しく迎えてくれた。

「何かいいことがありましたか? 今日はお顔がとってもれやかですね」と微笑んだ。


「はい、とってもいいことがありました。逢いたかった人に逢えました。でも、まだ家に帰る道が分からなくて……私がずっとここにいて、みなさんにご迷惑お掛けしていませんか?」と恐る恐るたずねた。


「とんでもない! 迷惑などは全くありませんよ。少しでもご自分のことが分かる手がかりがあることはいいことです。また明日のことは明日考えましょうね」と美羽の背中をさすってくれた。




 今日も夕暮れの時間になり、夜が間もなくやって来る。また元の世界に帰ることができなかったのだ。

 あのお地蔵様のほこらさえ見つかれば、もしかすると何か良い変化があるかもしれない。明日は何としてもあのお地蔵様を探しに行こうと決意すると、昨夜眠れなかった分を取り戻すかのような深い眠りに落ちていったのだった。





 ピチピチピチ……小鳥が甲高い目覚まし時計のようにさえずっている。元気な小鳥の声で目を覚ました美羽は、うーん、と伸びをして目をこすりながら窓を開けた。

 しかし、今日もまた同じ13年前の景色だった。ツタがまだしっかりとからんでない新しい教会の門がそれを教えてくれた。



 今度私は何をすべきなのかしら……? 寂しかった子供の裕星に逢って誕生日を一緒に祝えた。裕星の寂しい思いを洋子に伝えることができた。記憶がなかったお父さんにもやっと逢えた。後はどうすれば帰れるのだろう……。

 元に戻るには、やはりあのお地蔵様を探すしかない。同じ場所にはなかったが、あのお地蔵様の祠はきっとこの時代のどこかにあるに違いない。




 美羽は朝食をとると、徒歩であの神社へと向かった。

 赤い鳥居はこの時代から変わらなかった。ここから見える路地にあの祠はあったはず。しかし、美羽がたどり着くと、やはりそこには地蔵のほこらはなかった。

その時、店先の沿道に水をいてほうきをかけている土産物屋みやげものやの店主を見つけ駆け寄って訊いた。


「すみません。以前ここにお地蔵様はなかったですか? 小さくて丸い祠に入っている可愛いお地蔵様なんですけど」


 店主はほうきの手を休めて美羽を見た。

「地蔵が? ずっと前から住んでるが、ここには地蔵などなかったなあ。そこに神社があるから、宮司ぐうじさんにでも聞いてみな」


 美羽は礼を言うと足早に神社の境内けいだいに行った。神社の前の鳥居をくぐり、本堂の前に来ると、宮司らしき人が境内の落ち葉をいている。


「あのー、こんにちは。ちょっとお聞きしたいことがあるのですが……」

 すると、宮司は掃除の手を休めて振り向いた。

「この近くの、あの路地の辺りにお地蔵様の祠は作る予定があると聞いたりしていませんか?」


「お地蔵様? あの路地にですか? う~む、そんな話は聞いたことがないですね。あ、ちょっと待ってくださいね」何かを思い出したように、宮司は神社の本堂の後ろへと消えてしまった。




 美羽がしばらく待っていると、宮司は初老しょろうの男性を連れて戻ってきた。

「この方はずっと昔からこの周りの商店街の会長さんでね、色々と詳しいと思いますから聞いてみてください」



 美羽は同じ質問をその初老の男にすると、「ああ、地蔵さんね。以前話があったんですよ。あそこにどっかから古い地蔵の祠を移して建てる話が。しかし商店街の反対にあってまだ実現していませんがね」



「あの……それはどこのお地蔵様をここに移すお話だったんですか?」


「確か、長野の古い神社の近くにある地蔵さんですが、その祠がなにやら地区の宅地開発たくちかいはつとかで取り壊されることになったそうです。

 それで、地蔵さんの移転先に神様が同じこちらの神社の近くで受け入れてもらえるだろうかと申し出がありまして、商店街でも話し合ってきたのですよ。それがまだ商店街全員の了解が得られず、ずっと保留ほりゅうのままでね」

 初老の男性が詳しく教えてくれた。



 ──そういうことだったのね。でも、長野県にある神社なんてたくさんあるし、どこかわかるのかしら。

 それに、ここにお地蔵さまが移されたのは今から何年後のことなのかしら?

 美羽はこれから調べることがたくさん出てきて更に混乱していた。

 あのお地蔵様を見つければ、また元の時代に戻れるかもしれない。手がかりはお地蔵様だけなのだ。


 美羽は教会に戻るとシスター伊藤に、さっき聞いたばかりの長野にある地蔵のことを話した。商店街の会長の話では、日本武尊ヤマトタケルを祭っている神社の近くにある地蔵の祠だったらしいことが分かった。それだけが頼りだった。


「美羽さん、もしそこに行ってあなたのことが分かるのなら、すぐにお行きなさい。そして悔いの無いようにすることですよ」と電車賃にとお金を貸してくれた。

 ありがとうございます! と美羽は丁寧に礼を言うとすぐ支度をした。





 長野県内で日本武尊ヤマトタケルを祭っている神社は何社かあった。あてずっぽうに動いてはただ時間とお金を浪費ろうひしてしまう。

 どうか何か手がかりが出てきますように……。美羽は長野行きの電車の中で目を閉じて考えていた。


 そういえば、本当の両親は長野のある田舎町住んでいたと養父から聞いたことを思い出した。両親が住んでいたところ、その近くの神社ならきっと何か関係があるかもしれない。

 美羽は何故かそんな気がしてならなかった。



 養父が以前教えてくれた長野の田舎町には、たった一件だけ大きな神社があった。大熊武尊おおくまぶそん神社(*架空)、そここそ日本武尊縁やまとたけるゆかりの神社だ。行ってみよう。きっとその近くにお地蔵さまがあるかもしれない。


 美羽は迷わず真っ直ぐに大熊武尊おおくまぶそん神社を目指したのだった。

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