第5話 不思議な因縁

 美羽はこのありえない奇跡に喜んでいたが、いざ真島に会ったらなんと弁解しようかと逆に頭が混乱していた。


 「私はあなたの息子さんの裕星さんとお付き合いしています」などとまさか言えない。この時代では年齢がり合わない。そんな戯言たわごとを言えば、即追い出されるだろう。


 それとも、女優を目指していますとでも? あれこれと理由を考えているうちに、とうとう洋子の部屋の前に着いてしまった。


 スタッフは一礼するとすぐに去って行った。

 残された美羽は急に怖くなり、落ち着こうとして大きく深呼吸をしたが、考えがまったくまとまらないままとりあえず目の前のドアを叩いていた。



「どうぞ」洋子の落ち着いているが若々しい声がした。「失礼します」そう言ってドアノブに手をかけ、ゆっくり押した。

 重厚じゅうこうなドアをゆっくり押し開けながら恐る恐る入っていくと、洋子は窓にもたれながらこちらを見ている。

 年齢を重ねた今でも洋子は美しい人だったが、まるで女神のように、眩しい太陽を背に立っている洋子は、若いときから群を抜いて美しかったのだな、と美羽は改めて洋子の人間離れしたオーラに圧倒されていた。

 やはり親子だけあって、裕星は洋子に似て色白で鼻筋の通った整った顔立ちなのだなと妙に納得した。




「あなたが私の知り合いなの?」

 そう言われて、呆然ぼうぜんと洋子に見とれていた美羽が我に返り「……は、はい。あ、いえ、すみません。嘘をついてしまいました!」と、とっさに正直に言ってしまった。


 すると洋子はふふふと笑いながら、「まあ、正直なのね。あら? でも、待って……誰かに似ているわね。あなたに似た方を知ってる気がするわ」と急に真面目な表情で言った。


 美羽は思いもしない洋子の言葉に驚いて立ち尽くしている。



「ところで、私にどんなご用なのかしら」

 洋子の美しい顔に近づかれると、美羽は同性ながらも胸がドキドキした。


「それと、お名前はなんと仰るの?」

「はい、美羽……あ、天音美羽あまねみうと申します」と本名を伝えた。


「──天音? 私にどんな要件がおありなのかしら」

「……あ、あの……私、実は教会にお世話になっているのですが、その……近所の少年とお友達なんです。あ、その、最近会って仲良しになったんですが……」


 しどろもどろで話す美羽にしびれを切らして洋子が苦笑しながらたずねた。

「あなたの言いたいことは結局何かしら?」


「あ、すみません。その少年なんですが、海原裕星かいばらゆうせいくんのことなんです。真島さんの息子さんの」


 洋子は表情が一変した。

「裕星? どうしてあなたが裕星のことを知ってるの? それに、公表してないのにどうして私の息子だということがわかったの?」



「あの、たまたまです。昨日マンションの前でお二人のやり取りを見てしまって……。

 でも、その裕星くんと昨日は2人でお誕生会をしたんです。今日は裕星くんの誕生日ですし、真島さんに少しでも裕星くんと一緒にいてあげられないかと思って。裕星くん、お母さんのことが大好きだから一緒に誕生日のお祝いをしたいと思うんです」



「あなた、いったい何者? なぜ私たち家族のことに口出しするの? それともこのことで私をおどすつもり?」洋子は苛立いらだちながら美羽をにらんだ。


「いえ、そんな! 私は真島さんの邪魔をするつもりも脅すつもりも全くありません! 裕星くんの友達だから、ただ裕星くんの寂しさを分かって頂けたらと思ったんです!」

 美羽はあまりにも感情が高ぶったせいで思わず涙がポロポロとこぼれてきた。



「裕星のこと、どれくらい知っているというの? それに私たちの関係も。まさか、あの子の父親のことも知っているの?」


「いえ、詳しくは知りません」

 美羽はぶるると首を横に振った。


「あの……裕星くんに聞いたんですが、裕星くんは、今まで1人で自分の誕生日をお祝いをしてきたそうです。

 昨日は初めて誰かに誕生日をお祝いしてもらえたと喜んでいました。


 私は孤児こじですが、あんなに寂しい誕生日は今まで一度もありませんでした! お神父とうさまやシスターたちにたくさんハグして祝ってもらえました。

 せめて誕生日くらい裕星くんを抱きしめてあげてほしいんです!」

 美羽は涙が溢れて最後はつい大声で叫んでしまった。




「美羽さん? あなた、そんなに裕星のことを思ってくださるのは嬉しいけど……それは私たち家族の問題でしょ。私と元夫との関係を知ってお金をすりに来たんじゃないでしょうね」


「揺するだなんて、そんなこと……」美羽は首を横に大きく振りながら言った。



「──ああ、思い出したわ。あなたを見たとき、とても気になったのよ。そうよ、天乃帝翔あまのていとさんに似てるわ! あの天才ギタリストで作曲家の」



天乃帝翔あまのていとさん、ですか?」


「ええ、そう。彼は確か、そう、7、8年くらい前に新人歌手の美坂結子みさかゆいこけ落ちしたはず。その後、奥様は若くして亡くなられたと聞いたけど……」



「奥様が亡くなった……。そ、そのお二人に子供はいませんでしたか?」



 美羽は以前養父の天音神父に聞かされていた事があった。

 本当の親は、訳あって赤ん坊の美羽を自分に預けたこと。決して捨てられた訳ではなかったということ。




「私が知ってる帝翔ていとさんは、駆け落ちした後奥さまと田舎で暮らしていて、奥様が亡くなってからは何年も消息不明だったけれど、また最近都内に戻って仕事を始めた、ということくらいしか……」



「子供を誰かに預けたという話はありましたか? 」

 美羽は何故なぜそう思うのか、自分に似ているという帝翔ていとが父親である気がしてならなかった。



「そんなプライベートなことまでは知らないわ。詳しいことはご本人に聞くしかないわね。彼の方は都内の事務所で今も仕事をしているはずだけど」


「 教えてください! 天乃さんの事務所はどこですか?」

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