第3話 初めての誕生日お祝い

 少年は一瞬驚いた顔をしたが、美羽をにらんでブンッと腕を振りほどいた。

 美羽は自分でも可笑しなことを言っているとは分かっていたが、どうしても聞きたかったのだ。


裕星ゆうせいくんなんだね? 私はあなたを知ってるかもしれない。突然ビックリさせてごめんね。でも、私、あなたのお友達になりたいの」と咄嗟とっさにそう言ってしまった。


 少年は不思議そうに美羽を見ていたが、「なんで僕の名前知ってるんだよ」とやっと声を出した。


 美羽は驚いたが、ほっとした顔で「やっぱり……。良かった! あなたに会いたかったのよ。私ね、美羽っていうの。(やっぱり、本当にここは13年前の東京なのね)」と不安げにつぶやいた。


 裕星少年は美羽の様子を見て少し怯えた目で、「お姉さんは警察か探偵? どうして僕のことを知ってるの?」と聞き返した。


「あ、ゴメンゴメン、ビックリしたよね? えっと、私、実はお母さんの真島まじまさんの知り合いなの。それで、あなたのことも知ってるのよ」とごまかした。


 裕星が以前話してくれた実の母親の名前は、美羽にとっては裕星を知る上で何の利点にも障害にも思ってはいなかったが、今まさに親子の関係を知る手がかりになるとは思いもよらなかった。


「ふ〜ん」裕星少年は頭が良いせいか本気にはしてないようだったが、「そうだ、明日は裕くんの誕生日でしょ? 一緒にお祝いしてもいいかな?」と誕生日まで当てられたら少年は美羽を信じざるを得なかった。

 しばらく怪訝けげんそうな顔で美羽をジロジロ見ていたが「……いいよ、どうせ僕一人だし」とやっと気を許してくれたようだ。



 招かれた裕星のマンションは、高級マンションだけあってエントランスのセキュリティはこの時代から普通のマンションとは違っていた。

 認証にんしょう番号だけでなく、エレベーター前でも二重の暗証番号入力があり、この時代にこれだけのセキュリティのマンションがあったことに、美羽は真島洋子まじまようこの恐るべき地位の高さを再認識させられた。


 部屋にたどり着くと、開けたドアから、軽くワンルームほどもある広さの玄関の向こうに、明るいリビングが見えてきた。

 マンションの最上階で、窓が壁一面いや二面以上あるため、燦々さんさんと太陽の光が降り注ぎ、下界げかいには東京の街が広がり、近くには同じ高さに東京タワーが見えた。


「わぁ〜、スゴい!こんなとこ初めて! 足がすくむくらい高いわね!」窓の外を見て美羽が子供のようにはしゃぐので、裕星少年は「お姉さんって子供みたいだね」ふんと鼻を鳴らした。

「お姉さんじゃなくて美羽みうさんでいいよ」と言うと、「じゃ、美羽、だね」とニヤリと笑う。


「あー、今の顔! 今も昔も全然変わってない! 子供の時からそんな笑い方だったのね」と美羽が裕星少年の笑顔を見て嬉しそうに笑った。



「明日僕の誕生日だけど、誰もお祝いしてくれないから」

 そう言うと、裕星少年は冷蔵庫からケーキを出してダイニングテーブルの上に置いた。


 美羽が不思議そうに見ていると、「ケーキにロウソク立てて」と裕星少年が、はい、とロウソクを10本美羽の手に乗せた。



 美羽はケーキにロウソクを10本立てて、近くにあった着火装置で火をつけてあげた。


「まだ、明るいけど火を消そうか!

 裕くんハッピバースデー!」と言って美羽は手を叩きながらバースデーソングを歌った。


 ハッピバースデートゥーユー、ハッピバースデートゥーユー、ハッピバースデー、ディア裕くん、ハッピバースデートゥーユー♪



 裕星少年は初めて歌ってもらったバースデーソングをじっと聴いていたが、美羽のことを見上げると、「ありがとう」と嬉しそうにクシャッと笑って、フーゥとロウソクを吹き消した。


 切り分けたケーキを無邪気に頬張ほおばる裕星少年があまりにも純粋で、現在と比べてまだこんなに可愛げがあったのかと無性むしょうに愛しくなり、衝動的に少年を抱きめた。


「裕くん、生まれてきてくれてありがとう。私、プレゼントを持ってなくて……これが私からのプレゼントよ」

 突然抱き締められた裕星少年もビックリして美羽を見上げた。

「く、くるしい。放して!」

 裕星少年が身をよじって叫んだので、美羽はハッとして離れた。



 美羽はそっと裕星の肩に両手を置いた。「今日はあなたの誕生日をお祝いさせてくれてありがとう。あなたは一人じゃないよ。今もこれからもずっと。未来のあなたもきっと大勢の人に愛される人になるよ。それに私にも」


「美羽にも?」裕星少年は美羽の言葉を聞き逃さなかった。


「そう私にも……」そう言ってからハッと気付いて、慌てて「あ、そうだ、私帰らなくちゃ! そろそろ家政婦さんが来る頃よだね」と、急いで残りのケーキを頬張ほおばり、玄関に向かおうとした。すると裕星少年が追いかけてきて「美羽! また遊びに来てよ」と声を掛けた。


「うん! また来るね!」


「約束だよ!」裕星がドアから顔を出して手を振った。


 裕星のマンションを出た美羽だったが、どこに行っていいものか宛てがなかったことに気付き、広い歩道の真ん中でまたぼんやりと立ちつくしていた。

 右も左もまるで別世界だった。行き交う人々のファッションもどこか流行遅りゅうこうおくれだったが、外にあまり出たことの無かった美羽にはそれもまた新鮮だった。


 後ろからトントンと肩を叩かれ、驚いて振り向くと、「あのぉ、もうお体の具合は大丈夫なのですか?」さっきの若かりし頃のシスター伊藤だった。


「あ、シスター!」と美羽は嬉しさのあまり思わず声を上げた。

「あの、実は行くところがなくて困っています。どうか、なんでもお手伝いしますので教会に泊めてもらえないでしょうか?」と美羽は一かばちか、自分の養父の教会かもしれない所へ助けを求めた。

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