第167話 惜別

 一歩が限りなく重く、長かった。目の前には扉がある。思わずユリシスは手を伸ばす。ドラゴンが呼吸をする。その一息に合わせるようにユリシスも息を吐く。

 あと一歩というところで、足がすくんでしまう。扉に手が届く。扉に手を触れると、ゆっくりと向こう側へと開いていく。城壁の向こう側が少しずつ見えてくる。


 ユリシスたちが通り過ぎると、ドラゴンは顎を閉じて首をもたげる。ドラゴンは炎とともに咆哮を上げると、飛び立っていく。ユリシスはほっとため息をつく。あの炎に直撃されたのならば、消し炭すら残らない、それほどの威力だ。


 城壁の向こう側に出ると、一台の馬車が止められてある。その傍らには一人の老人が立っていた。


「おかえりなさいませ。お待ち申し上げておりました」


 恭しく頭を下げると、老人はゆっくりとした所作で馬車の扉を開ける。それほど待っていた様子はない。ユリシスたちが来るのをやはり知っていたと思われた。


 老人は扉を閉めると馬車の御者の隣に座ると指示を出す。馬車が動き出す。どこに向かうのかは分かる。いよいよ魔王との対面が待っているのだ。


 窓から外を眺めると、手入れの行き届いた芝生が広がっている。これだけの芝生を養生するのにどれほどの手間が掛かるものなのか、あるいはこの地域では自然と芝生になるのかユリシスには分からない。その芝生が風に揺れている。


「正装ではないけれども、構わないわよね。礼儀作法には目をつむってもらいましょう」


 軽口を叩くユリシスではあったが、緊張感はむしろ先程のドラゴンの顎を潜る時よりも高まっている。もちろん興味はあるが、ハッシキが吸い寄せられっるように、ここまで導かれてきた答えを知りたい。


「ハッシキだけじゃない。私にも関係しているんだったわね」


 ハッシキはユリシスと魔王との関係も仄めかしていた。一体どのようなつながりがあるのか、それがハッシキによるつながりであるのか、今は知りようもない。


 時間が経つにつれ、皆の言葉数も減ってくる。かなりの時間、馬車は走り続けている。この天空の浮島の広さが窺える。

 馬車は一つの箱になっており、その外側に先程の老人と御者が座っている。そのために声が通らない。前の二人が会話をしている様子もない。老人の身なりは良かった。かなりの高位者なのは間違いがない。国であれば宰相。そうでなければ執事長にあたる役職だと推測された。


 唐突に馬車は止まった。


 扉が開かれる。ランサが老人に手を取られ、馬車を降り、そのランサが差し伸べてくれた手をユリシスは握りしめる。ランサも緊張しているのだろう。掌にはわすかだが汗の感触がある。


 降り立ったユリシスは目の前の建物を見上げる。王宮でも城でもない。ちょっとした離宮といった趣の建物だ。瀟洒ではあっても豪奢とは程遠い。魔王を名乗る人物が住まう建物にしては規模が小さいと感じた。


「案内はいらないよ。どこにいるかは分かっているから」


 ハッシキが老人に声を掛けるが、老人はユリシスたちを先導するように前を歩いている。

 見た目以上に内部は広かったものの、装飾は少なく、そこに魔王の人柄が偲ばれる。通路を真っ直ぐに進む。この浮島に入ってから一度も曲がっていない。すべてが一直線だ。


 白く背の高い扉が見える。左右には衛兵が立っている。着けている鎧はとても質が高そうだ。様式はやや古いように感じられた。


「魔王様がお待ちでございます」


 老人が衛兵に目配せをすると、扉が開かれる。足元には紫紺の絨毯が敷かれている。とても落ち着いた色調だ。その絨毯の先に数段の段差があり、その先に玉座がある。そこに一人の幼児が座っている。


「良く戻った」


 ガラス質の透徹した声だ。男の子なのか女の子なのは判然としない。見た目は美貌の幼児だが、声はやや大人びている。


「ユリシス、ごめん。ボクが一緒にいられるのはここまでみたいだよ。今までありがとう。楽しかった。また旅が出来るといいね」


 ハッシキの言葉は突然だった。


「えっ、どういう意味?」


 ユリシスは動揺を隠せない。


「そのままの意味だよ、ユリシス。別れがきたんだよ。でも、腕と心臓は残していくよ。あとは頼んだよ。ここから先はユリシスたちだけで行くんだよ」


 一瞬、胸と腕に痛みが走った。ユリシスから何かがむしり取られた。


【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】

https://kakuyomu.jp/works/16817139557963428581#reviews

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