第168話 対峙

 剥ぎ取られた心が痛む。


「ハッシキ! ハッシキ!」


 声を張り上げても応えは戻ってこない。魔王は狡猾そうな笑みを浮かべる。その姿は童形ではあっても、所作と笑みは大人そのもので、その不均衡に、ユリシスは背筋に冷たいものが走る。


「無駄だ。お前の中に住み着いていた魂は、すでに我の一部として戻ってきた。もう我と同化している。なるほど、そういう訳か」


 魔王はハッシキの記憶を咀嚼しているだろう。ユリシスと出会った経緯から、今までの経験を汲み取っているかのようだ。


「さて、次はお前の番だ。我が后であったファフィーナの魂を返してもらうとしよう」


 魔王はその小さな手をユリシスに向かって伸ばすと、掌を広げる。ユリシスの身体を衝撃が貫通する。


「姫様!」


 ランサがユリシスに近寄り、身体を支える。一瞬、気が遠くなり倒れそうになったのだ。だが、それ以外、何も起こらない。記憶のそのままだし、自我も保たれている。


 その様子を見て、魔王は舌打ちする。


「やはり、無理か。何度も転生を重ねて、魂が渾然となっていては、そう簡単にはいかないようだ」


 転生と渾然、ユリシスには意味が不明だが、ハッシキと魂とユリシスの魂ではどうやら質が違うらしい。魔王の一挙手でどうにか出来るものではないようだ。


「仕方がない。ちょっと面倒ではあるが、身体ごと魂を奪ってしまうしかないようだ」


 魔王は立ち上がる。禍々しい気配がその背後に漂っている。ユリシスは逃げたい衝動に駆られるが身体は上手く動きそうにもないし、逃げ場すらない。


「ここを血で汚すのは、少し躊躇われるな」


 魔王は指を鳴らす。


 一瞬にして風景が変わる。闘技場のような、訓練所のような空間が広がっていた。目の前には魔王がいる。足元はそれまでの豪華な絨毯から砂地へと変わっている。ここで戦おうというのだろう。

 ユリシスは左右を見回す。どうやらかなりの範囲が転移されたようで、ランサもロボも一緒だった。


「ヴァリゲ・ショール!」


 ランサが魔王の攻撃に備えて、防御結界を展開させる。どのような攻撃をしてくるのか予測はできない。


「出し惜しみなしだ。眷属召喚」


 闘技場がいっぱいになるほどの数の眷属をロボが召喚する。どうせ逃がすつもりはないし、話し合いにも応じない。であるのならば、こちらから攻撃を仕掛け、この窮地を乗り切るしかない。倒してしまえばあとはその時に考えれば良い。


 ハッシキがいなくなったとしても、ユリシスには聖刻神器が残っている。指先に力を込める。気力がみなぎり、先端に力が集中する。


「グラベーリン! ブラン・エクスプロデル・フローマ!」


 炎が爆ぜ、魔王に襲いかかる。

 しかし、魔王は避けようともしない。爆炎が魔王に直撃する。爆風が闘技場を包み込む。

 手応えはあった。魔王はどうやらユリシスに力を甘く見ていたようだ。煙が晴れ、ゆらゆらと蜃気楼のように歪んだ空間が元に戻っていく。


 そこには、先程までと同じように魔王が立っていた、平然とした様子で。


「詠唱も完璧、術式も正確、かなりの破壊力だ。我の張った防御結界が簡単に破られてしまった。迂闊に食らうと危ない代物だな」


 魔王が無傷のまま立っていた。


「一斉にかかれ!」


 ロボが眷属たちに命令を下すと同時に、ロボも走り出す。魔王の防御力は高いが、限界はあるはずだ。これだけの数で一斉に攻撃すれば綻びもできる。その瞬間に、ロボの咆哮が当たれば、骨すら残らない。ロボが襲いかかるその瞬間、魔王が小さく笑ったようにユリシスには見えた。


「いけない、ロボ戻って」


 ユリシスの言葉に、攻撃をロボは攻撃を思いとどまるが、眷属たちは間に合わなかった。魔王が手を一振りすると、飛びかかった眷属たちが簡単に払い落とされた。その衝撃波が、ユリシスの所まで届いてくる。


「動きを封じます。フロセット・ヴァン!」


 ランサの詠唱に合わせて、氷の塊が魔王に襲いかかる。


【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】

https://kakuyomu.jp/works/16817139557963428581#reviews

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