第157話 意識

 謁見の間は閑散としていた。付き従った老人と侍女が数名いるだけだ。幼童は玉座に腰掛けて足を組む。床には足が届いていない。


「それでベレスタルド、ヴァルエストの消息について他に詳しい情報はないのか」


 幼童は目の前に立つ老人に尋ねる。眠っていた間の大まかな情報はつかんでおきたい。ヴァルエストは幼童の息子だ。眠りに就いた直後に、人間の国々と講和を結ぶために単身、人間の大陸へと渡ったと言うが、その後がはっきりとしない。


「それが奇妙な伝聞がございます」


 ユイエスト教とヴァルエストの関係だ。


「人間の大陸ではユイエスト教という宗教が最大の信奉者を持っております。もっとも、そのユイエスト教ですが、いくつかの教派に分かれ争っていると聞きお及んでおりますが」


 その教団の出来上がりとヴァルエストがどうやら関係あるらしいのだ。ユイエスト教の教祖であるユイエストは博愛を説いた。それは庶民層には受け入れられたが、王侯たちには反感を買った。教えの中に平等思想の臭いが含まれていたからだ。

 平等になってしまえば、王侯の権威に傷が付きかねない。ユイエストと名乗るその教祖は迫害を受けて、処刑された。


「どうやらそのユイエストと名乗っていたのが、ヴァルエスト様らしいのです。かなり曲解されてしまっているのですが、王侯貴族の権威に抵触するような言葉をもって講和を説いたのしょう」


 幼童はベレスタルドの言葉に好奇心を覚えた。眠りについた直後に出ていった息子と、人間の大陸で広まり、今も隆盛を極めている収去に関係がある、しかも生まれたのは誤解からだという可能性があるとはなんとも皮肉だ。しかも、教義の解釈を巡っていくつかの派閥に別れ、戦争をしているとなると余計に滑稽でもある。それが人間界の世界的な宗教となると、なおさら興味をそそる。


「それは追々調べていけば分かるだろう。ヴァルエストの消息もつかめるかもしれないしな。どうも奴が死んだとは思えないのだ。今でもどこかで生きているのかもしれない。ときに、ファフィーナはどうしている? 姿が見えないようだが」


 幼童はここにはいない人物の名前を口にする。


「はい。お妃様も、出ていかれました。ヴァルエスト様の後を追うようにです」


 どうやらヴァルエストを探しに行ったらしい。こちらはヴァルエスト以上に消息が掴めていない。全く分からないと行って良い。人間界に足跡が残っていないのだ。


「いろいろ妙な話しだ。そちらもいずれ分かるだろう。しかし、ちょっとした違和感がこの身体、いや、精神にある。これは気のせいではない」


 幼童は魔王だ。魔王は複数の意識を持っている。並列思考が可能なのだ。そのうちの一つを息子のヴァルエストに、一つを后であるファフィーナに分け与えて、自らが創造したのだ。


「これはお前に言っても分からないだろうが、意識に欠損がある。どこかに行ってしまったような喪失感があるのだ。まあ、いずれ戻ってくるとは思う。我がこうして目覚めたのだからな」


 ただ、目覚めたとはいっても、魔王は幼児の姿だ。成長するには少し時間がかかる。どうしても成人の形にならなければ、不都合が多い。


「最低でも十年は必要でございましょう。それまでに色々と手を打ち、調べておきましょうほどに、ご安心くださいませ」


 魔王しては時間が惜しいところではあるが、こればかりはどうにもしようがない。時間が解決してくれるのを待つしかないのだ。魔王はこめかみを抑える。目覚めてからもずっと感じている疼痛が不愉快で仕方がない。


「相変わらず、この傷だけはいつまでも痛む。忌々しい限りだ。この頭が痛むたびに、思い出して余計に不快になるな」


 魔王にとっては滅びつつある、いや実質的には滅んでいる自分の国であるガイガル王国を何とかする必要があるが、そう打てる手はないのが実情だ。眷属を使って、周囲を責めさせる手も仕えない。辺境の城一つを残すのみだからだ。辺境にある見捨てられた古城だ。結界で守ってはいるが、実際には誰も関心を示さないようなところにあるのだ。どうしても繁華な地域に拠点が必要で、それを作るのは今はまだ早い。


「じっくりと腰を据えたいところではあるが、急がねばならないかもしれない。今回は短くなければいいのだが……」


 魔王の覚醒と睡眠に周期はないのだ。前回は目覚めてから三十年ほどで眠りに就いてしまった。雄図半ばにして断念せざるを得なかったのだ。おおよそ完全無欠の存在である魔王の唯一の弱点と言ってもいい。ただ救いなのは、眠りのタイミングがおおよそ分かる点だ。突然、昏睡状態になるのではない。一年以上も前の段階で激しい眠気に襲われ、意識が朦朧となるのだ。眠ってしまえばいつ起きるのか、自分でも分からないのだ。


「今回は最低でも百年は起きていたいな。それだけの時間があれば、国の基盤を整え、覇権を打ち立てられる。ヴァルエストなどのような愚か者は出る幕など必要ではない」


 魔王は足を組んだまま、またこめかみに指を当てた。


【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】

https://kakuyomu.jp/works/16817139557963428581#reviews

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