第158話 渡海

 より早く着くために、ユリシスたちは中型船を仕立てた。大型は人も貨物もたくさん積めるが足が遅い。ユリシスは急いで島、そしてあちらの大陸へと渡りたかったのだ。専用船にしたのもそのためだ。大目に路銀を持ってきてよかった。もし足らないようであれば、またネスターに用立ててもらわなければならないところだった。

 船はいつでも出られる訳ではない。海が時化ていれば当然、無理だ。元々この海域は波が高い。空は晴天でも海がうねっている日も多い。そんな時には船は出ない。


 もちろん道中にも危険は多い。船外でも船内でもだ。途中で嵐に合えば、引き返したり、小さな島で波が収まるのを待つしかない。

 船乗りたちは誰もが気が荒い。女性が乗船しているとなると、ちょっかいを出してきたりもする。もちろん、ユリシスもランサも、そこらの男には引けを取らない強さを持っているし、二人にはロボがいる。最強の護衛役だ。


「向こうの大陸に渡りたいのはよく分かった。引き受けよう。だがおどうしても、ブリストル島には寄らなければならない。食糧と水を補給しなければならないからな」


 船長は気さくな大男だった。握手を交わすその腕は太く、大きな傷がいくつもある。長年海で生きてきた証が風貌から窺えた。大男の機嫌はよかった。相場に比べてかなりの額の船賃をはずんだからだ。

 しかも、運ぶのは少女二人に小さな犬だけだ。戻りに向こうの産物を積んで帰るだけでもかなりの儲けになるはずだ。要求は出来るだけ早く渡りたい、それだけだ。


「ランサの見立てだし、ロボもいるから安心しているわ」


 船はかなり速度で進んでいる。それだけ揺れも大きいが、ユリシスもランサも船酔いはない。普段、ロボの背に乗っているし、元々の体質もあるのだろう。


 弦先が波濤を打ち砕いていく、その度に白い波が上がり、後ろへと消えて行く。それだけ島に近付いているのだ。ユリシスはハッシキに言い聞かせる。


「大丈夫、きっと連れていって上げるから。約束だから」


 ユリシスは腕をさする。ランサはロボには夢でのハッシキとのやり取りを話してある。そうでなければ、向こうの大陸へと渡るなど反対されるに決まっているからだ。その話を聞くと、ランサはすぐに準備に取り掛かった。巡礼者の装束とマントをどこからか調達してきたのだ。その上で、これから各地を巡回するラクシンともいろいろと打ち合わせをしたようだ。ユリシスが目を覚ました時には、すでに準備は全て整っていた。


 島までの旅程はおおよそ二週間、もちろんトラブルがなければだ。時には海賊船も出るようだが、海賊船と商用を兼ねている場合がほとんどだ。丸腰の船などいない。と言うよりは、きちんと武装している船でなければ商売はできないと言った方が適切だ。海の上では力と熟練、そして何より運が大きく左右する。故に、海の男たちは信心深い。大昔は、航海前に奴隷を生贄に捧げるなどの風習もあったらしいが、今はそれも廃れている。


 航海は順調と言ってよかった。身分は隠しているが、紛れもない聖女が乗っているのだ、祝福を受けないはずはない。雲ひとつない空を見上げて船長は不思議そうな顔をしていたものだ。この海域で晴天が続くのは珍しい。


 信心深いものは異変を嫌う。この晴天続きも異変には違いない。怪訝な表情を浮かべる船長だが、流れが悪い訳ではない。ユリシスに当然文句を言ってもこない。この客人は奇瑞をもたらしてくれるのかもしれない、漠然と船長はそう思ったに過ぎない。


「島影が見えたぞ!」


 帆柱の上にある見張り台から声が掛かる。どうやら日程よりも早く、島が見えたようだ。ユリシスもその大声を聞くと、マントを手に取って甲板へと急ぐ。


「思っていたよりも大きいわね」


 大陸と大陸をつなぐ中継地点とは聞いていたが、その規模までは知らなかったユリシスだ。島というよりは国と言った方が適切だろう。島影から見える稜線は左右に長い。中規模以上の国ほどの大きさがあるのではないだろうか。場合によっては街も複数あるのかもしれない。


「街はどれほどあるのかしら?」


 ランサはユリシスの言葉を聞き止めると、すぐに船長へと駆け寄っていく。どうやら話を聞いてきてくれるようだ。


「複数の街が点在しているようです。島は東西に長く、東側には人間が多く住み、西側には魔人が多いようです」


 なるほど中継地点であるこの島の内部でも、住んでいる場所に違いがあるようだ。こちら側、つまりいま見えているところには人間が多く住んでいるという訳だ。


「少なくとも半日は準備が必要だ。それから島の西側に移動して、そこでも準備をする。島は大陸と大陸との中間にある。同じぐらいの時間がかかるだろう」


 船長は何度も向こうの大陸へと渡ったらしい。魔人との繋がりもあるようだ。顔見知りを紹介してもらっておくのも得策かもしれない。何も情報がないのは心もとない。もっともラクシンの手の者も先行している。接触する必要があるだろう。

 ラクシンから、ユリシスが渡海するという連絡はすでに入っているはずだ。


【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】

https://kakuyomu.jp/works/16817139557963428581#reviews 

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