第153話 返却

 名残は惜しかったし、別れは辛かった。だがユリシスには使命がある。三姉のプレドリアの元を去って、使節団は長姉の待つランド王国の王都パルに到着した。予定よりはかなり遅い。


 先触れは出してあった。城門に到着の旨を告げると、そのまま王宮へと先導される。出迎えてくれたのは宰相のキッスラットだった。待遇としては最上級にあたる。国王並の扱いに、ユリシスは驚きを隠せない。


「ようこそ、おいで下さいました聖女様。足をお運びいただき恐悦でございます。皆様、聖女様のお越しを首を長くしてお待ちでございました」


 行程は出発時に伝えてある。どうせ寄り道をしてくるだろうとたかを括られていたには違いないが、相当に遅くなったのも事実だ。


「途中、かなり時間を要してしまいました。到着が遅れて大変申し訳ありません。両陛下にもお取りなしをお願い致しますね」


 ユリシスは素直に頭を下げる。その仕草をキッスラットは慌てて止める。


「お止め下さい。聖女様。一国の宰相ごときに頭を下げるものではございません。貴方は聖女様なのですから」


 聖女や教皇は確かに最高権威ではあるが、ユリシスにはその自覚は乏しい。その上、人に謙れない者に神は恵みを与えてはくれないという信念もある。自分自身、聖地である聖サクレル市国の宗主という意識はあるが、所詮は小国に過ぎない。自分が聖女の職務を全うしているとも思えていない。


「姉に呼びつけられて、遅れる妹などあってはならないと思ったまでです。もっとも、その姉のうちの一人に引き止められてしまったので、何とも申し開きようがないのですけれど」


 ユリシスはキッスラットに先導される。案内されたのは謁見の間ではなく、対等な形式で席をしつらえられた応接室だった。室内にはすでに、国王のパントラムと長姉で正室であるネスターが待っていた。


「随分とゆっくりだったわね、聖女様。もう来ないかと思っていたわよ」


 国王より先に発言するのは礼式には外れるが、ネスターは茶化すように、ユリシスの来訪を喜んでくれた。ユリシスは遅れた詫びとともに、ランサから小さな革袋を受け取ると、ネスターの前にそっと差し出す。


「あら、覚えていたのね。殊勝ね、ユリシス」


 以前、この地を訪れた際に、ネスターに用立ててもらった路銀だ。国元に戻った時に、送り付けても良かったのだが、どうしても自分の手で返したかったのだ。だから返却は延び延びになっていたのは致し方ない。


「この度は、我が国の司書の受け入れをご快諾いただきまして、誠にありがとうございます。深くお礼申し上げます」


 ユリシスは席に着く前に、まずは謝意を伝える。今回の訪問のユリシスにとっての一番の目的だ。


「その件に関しては、問題ないわよ。なんならうちの司書を使ってくれても構わないわ。時間かかるでしょうからね」


 ネスターはいつ見ても鷹揚だ。流石にリリーシュタット家の長女なだけはある。その器量は国を統べるにも充分だと言えるだろう。ただ、このネスターの鷹揚さも、それを包み込むように慈しんでくれている国王のパントラムがあってこそだとユリシスは思っている。二人の夫婦仲は至って良い。


「実はわざわざ聖女様にお越し頂いたのには訳がございます。一つは形式的ですが、一つは内密な用件でございます」


 後ろに控える宰相のキッスラットがユリシスに伝える。


「まずは今回の戦争のあらましについてお伺いしたい。リリーシュタットは今後どうするのだろうか?」


 パントラムの質問はユリシスにとっても想定内だ。今まで各国にも説明してきたし、そこに嘘偽りはない。リリーシュタットは今後、内政の季節に入る。薄くなってしまった国力を元に戻さななければならないし、言ってみれば新たに生まれ変わったばかりだ。外に目を向けている余裕はない。もちろん、それは外交を疎かにするという意味合いではない。より各国との協調路線を取りたいという意味だ。そのために聖サクレル市国はもとより、ユイシス自身もいくらでも橋渡し役を務めるつもりでいる。


 ユリシスの回答は、ネスター王国にとって、満足のいくものであった。もちろん戦争に至った経緯などはジオジオーノからの通達で承知はしているのだ。ユリシスへの問い掛けは、キッスラット言った通り、至って形式的なものだ。

 だが、ユリシスにもこの旅を通して少し分かり掛けてきている。政治には形式も必要なのだと。 

 例えば、言葉を交わさなくても、両国の首脳が顔を合わせた、ただそれだけでも政治的には意味合いが生まれてくる場合だってあるし、その受け答えが儀礼的であったとしても、関係性に変化が現れてくるものなのだ。


「もう一点は至って内密にお願いいたします」


 キッスラットが咳払いをすると、部屋にいた侍臣たちが退出し始めた。


【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】

https://kakuyomu.jp/works/16817139557963428581#reviews

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