第152話 三姉

「思わぬ長い逗留になっちゃったわね、ごめんなさいお姉さま」


 ユリシスの前に座ってお茶を飲んでいるのは、ユリシスの三姉のプレドリア・ザビーネ、夫は現在リリーシュタットの後見人を務めているジオジオーノだ。

 予定を大幅に越えてザビーネ王国の王都ネルドスカでの長い滞在になってしまったのにはいくつか理由がある。もちろん、第一の理由は、プレドリアの引き止めだ。妹と少しでも長く一緒にいたいという姉の気持ちに抗えなかったのだ。ユリシスも姉に甘えたいという気持ちがあった。会うのは久しぶりなのだ。


 プレドリアは姉妹の中では一風変わった経歴の持ち主でもある。彼女には宿痾がなかったのだ。加えて剣技に秀でた才能を示した。


「私はリリーシュタットの騎士団長になる!」


 それが姉の口癖だったのだ。元より、結婚などする気はまったくなかった。父親も、プレドリアの結婚は諦めていた節がある。その彼女に転機が訪れた。一人の騎士がリリーシュタットへの使者としてザビーネ王国からやってきたのだ。その騎士はザビーネ王国の王太子でもあった。


「ザビーネの王太子か……。どの程度の腕なのか立ち会ってみたい」


 剣を掴むと、その王太子を誘い、訓練所へと引っ張っていった。王太子もちょっとしたお遊びのつもりだったのだろう、気さくに立会を受けたようだ。その様子を柱の影からユリシスも見ていた思い出がある。王太子の予想に反して、王女の腕は確かだった。女性らしいしなやかな剣使いに加え、的確な剣戟に一瞬追い詰められた。二人の剣技はほぼ同等だったと言えるだろうが、結局は男性と女性の体力差が出た。プレドリアの息が先に上がってしまったのだ。剣を弾かれてしまったプレドリアは潔く負けを認めると、その場でその王太子に求婚したのだ。その王太子こそ、他ならぬジオジオーノだ。


 二人の立会を見ていた、誰もがあっけに取られた。もちろんジオジオーノもだ。


「すでに婚約者がいるのであれば、側室でも構わない」


 どうせ嫁ぐのであれば、自分よりも強い男性でなければ、そうプレドリアは思っていたのだそうだ。その場の求婚は思いつきでもなんでもなかった。彼女にとっては品定めの一つでもあったのだ。

 幸い、王太子には婚約者はいなかった。ちょっとした使者としてやってきたリリーシュタットで思わぬ伴侶を見つけてしまったジオジオーノは苦笑するしかなかった。追認する形で、国元に了解を取り付け、結婚した。


「今でも、剣の鍛錬は怠っていないわよ。いつでも戦えるようにね」


 そう言う彼女だが、実戦経験はない。ユリシスは実戦の怖さや辛さを知っている。語ってしかるべきか迷いもあったが、実戦での経験を語って聞かせた。もちろん胸に常にわだかまっている人の命を奪うという痛みについても切々と語った。ユリシスの話しを聞いて、より労りの気持ちが芽生えたようで、ずるずると居座る形になってしまった。


 その他にも、もっと現実的な理由もある。このネルドスカが交通の要衝であるという点だ。いつくかの街道が重なり、商都としても発展している。つまり各国の国王たちが、聖女ユリシスへの謁見を願い、この地まで足を運んできたのだ。

 もちろん、ユリシスは全ての国王と面談し、司書の受け入れを要請した。わざわざ面談に訪れた国王たちだ。誰もが快く司書を受け入れてくれた。その数は二十を数える。ジオジオーノが不在のため、ザビーネ側は宰相と正室であるプレドリアが対応したが、ちょっとした国際会議の観を呈した。

 政治色も比較的薄い。元より司書の受け渡しという平和的な使節団でもある。各国の修好はより深まったと言ってもいいし、聖サクレル市国の存在感を示す恰好の場ともなった。

 しかし、各国に懸念が全くなかったのかと言うと、それは嘘になるだろう。リリーシュタットの動向を探りたいという雰囲気が確かにあったのだ。

 今回の戦争で、結果的にリリーシュタットの国土は増大し、権勢はより大きくなった。さらに強国となったリリーシュタットの動きに注目が集まるのは当然であり、そのリリーシュタットと歩調を共にした聖サクレル市国の動きにも周囲の目が集まってきているのだ。

 それら各国の動きに関しては、前もってレビッタントやアリトリオから意見をもらってきている。受け答えに関してもだ。


 今回の戦争では、仕掛けてきたのはあくまでもナザレットである。戦争には勝ったがリリーシュタットも痛手を受けた。しかも、ナザレットの併合までは至っていない。リリーシュタットは脅威にはならない。そう伝えるように言いつかっているのだ。

 当然これは実際のリリーシュタットの政策にも沿った回答でもある。新しい土地を得たのだ、その地への慰撫が何よりも大切であり、新しく歩み始めたリリーシュタットの内政が何より最優先される。


 真実をユリシスは伝えているのだから、大いに喧伝してもらっても構わない。ユリシスとしてもこちらから戦争を仕掛ける気は毛頭ないのだから。

 政治を後見しているジオジオーノにしても、リリーシュタットの看板で戦争を起こすつもりなどない。安定こそ第一であり、その姿をまだ幼い皇帝に手渡したい。


「だからお姉さま、陛下がお戻りになるまで、もうしばらくかかりそうよ。いっそ、ご機嫌伺いに里帰りなさってはいかがかしら?」


 ユリシスの言葉に、プレドリアはそっと笑うだけにとどめた。


【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】

https://kakuyomu.jp/works/16817139557963428581#reviews

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