第147話 懺悔
「分からなくなってきているのです。自分が何者であるのか? 貴方は自分自身を良く分かっていように見えます。知りたいのです。私が何者かを」
ユリシスは今、かつてない苦しさの中にいると言っていい。解決策などないのかもしれない。だからと言って、ただ話を聞いて欲しいわけではない。それはただの繰り言でしかない。
「貴方は策謀家です。戦争を起こし、たくさんの人が死んだ。私もたくさんの人を傷つけてきた。貴方はそうするしかなかったのですか?」
策謀家という一面が確かにオーサにはあるが、こうやって、慈愛あふれる父親でもある。
「どちらが本当の貴方なのですか、オーサさん」
救済派の聖女が、贖罪派の大司教に尋ねるべき問いではないのは分かっている。
「正義や悪には意味はありません。確かに神は正しさを説きます。しかし、人の舞台ではないのです。正しいと思える、信じられる方向へと進んでいるだけです」
子供たちの命を繋いでいる手と、策謀で血に染まった手は同じ手であり、どちらも正しいと信じるしかない、そこにあるのはオーサの割り切りだと言っていい。
「私は聖女であると宿命付けられて生まれてきました。決まっていたのです。では聖女とは何なのか、わかりません。聖女が自身の正義を振りかざして、人の命を奪う。許される訳がない」
ユリシスにも正義は至って政治的な臭いを帯びるものだとは分かっている。リリーシュタットの名前を出すまでもなく、正義はより大きな声を出した方、いや出せる方に傾く。ではナザレットが悪だったのかと言われれば、そうではない。オーサも悪人ではない。
「私は、私を拾ってくれた父から聞きました。人生に意義を見出だせる人は少なく、見出だせたとしたらそれは幸いであると」
しかし、オーサはその見解には反駁した。
「生きる意義を見出だせる人など、存在しないのです。決められた道を歩いて行くだけなのですか、人というものは?」
もしそうであるのなら、戦死した人は殺されるのが意義になる。確かに殺されはした。ただ、それは現象であって、意義ではない。オーサはそう言いたいらしい。
「私は貴方にあの世界から連れ戻された。今ではありがたいと思っています。ですが、貴方が引き戻してくれたのは最初から決まっていた訳ではない」
めぐり合わせが全てで、それを気にしても仕方がないとオーサは言っている。だが、それには納得できないユリシスがいる。殺しても仕方がなかったとは口が裂けても言いたくはない。
「殺さなければ、死んでいた。ただそれだけなのですか? そこに許しはあるのでしょうか? 救いはあるのでしょうか?」
本来は生き続けるべき人が、その時間をへし折られ、死すべき人がこの世に残る不条理が今でも起きているのではないか、それを間違いではないと指摘できないユリシスがここにはいる。もし、指摘できるのであれば、ユリシスはすでに死んでいるはずだからだ。
「宿命、運命、定め、何とでも言いようがあるとは思いますが、それは死んでみて初めて分かる。もしかしたら、それは自分で判断すべき問題ではなく、誰か生き残った別の人の役目かもしれない」
決められた役目とは一体何か、そこにユリシスは引っ掛かりを覚える。
「何か全てが言い訳めいて聞こえるのは私だけでしょうか。それこそ聖女であったから許されて当然という、傲慢の中に私はいるのではないかと思えて仕方ないのです」
人の世は不条理に満ちてはいるが、公平であろうとする力がある。
しかし、平等ではない。人を殺し尽くして一人になってようやく手に入る。
「殺した分だけ、背負えばいいのですよ。もちろん、貴方に大量虐殺者になれと言っているのではありません。相手を生かさないという選択をした責任を、相手の命を奪った重さを忘れてはならないのです」
オーサの言葉にはどこか諦念がある。罪滅ぼしのために孤児を引き取っているわけではない、それは理解できるし、それが定めではなかったともオーサは言う。奪い取った命の数だけ救えばいいという問題でもない。
「運命や宿命、などという言葉を使って逃げてはいけませんよ、聖女様。とても便利すぎるし簡単すぎる。その言葉で全てから逃れられる訳ではないのです」
人殺しを推奨するのではなく、ただ真摯に見つめるだけ。神のみならぬ人なのだ。時間が解決してもくれない。
「決して忘れてはなりません、聖女様。貴方も私も人殺しなのですから」
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
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