第148話 援助

 講和条約が批准された。リリーシュタットは国王後見人のジオジオーノ・ザビーネが、聖サクレル市国は聖女ユリシス・リリーシュタットが調停にサインをした。敗戦したナザレットは教皇であるパディクト・クルクトが署名し、その直後に教皇を辞任した。後任には大司教主席のエイルエス・ダフネという者が暫定教皇に就いた。このダフネの元で、選任式会議が開かれ、新しい教皇が生まれる。そこには戦勝国であるリリーシュタットの影響も出てくる。


 署名するペンがやたらと重たくユリシスには感じられた。殺した敵兵、死んでいった味方の兵たちの命の重さなのだろう。ここに示されている文言のインクは、兵士たちの血だ。


 ユリシスはオーサの身が気になった。一連の策謀、そして戦争の首謀者だ。リリーシュタット側は、講和に条件をほとんど付けていない。中立国家群のリリーシュタットへの併合、ただそれだけだ。教皇が辞任するのだ。政体の首脳部は総入れ替えになるだろう。ジオジオーノに条件を付ける手もある。


「ランサ、アリトリオに伝えて頂戴。面談の時間を作るようにと。少し要件がある、それだけでいいわ」


 台上には三者しかいない。聖サクレル市国の代表としてユリシスがいるのだ。この席にアリトリオの居場所はない。この調停式の裏方として働いてもらっている。


 欺瞞とはほど遠い調停式は終了した。本当の条件闘争はここからはじまる。ジオジオーノをはじめ、ユリシス、アリトリオの出番は取りあえずはここまでだ。ここから先は実務者による協議が行われる。


 調停式を終え、控えの間で一息いれていると、早速、ランサに伴われて、アリトリオが入ってきた。促すとユリシスの向かい側に着席する。ランサはすぐにユリシスの後ろに立つ。


「時間を取ってくれてありがとうごさいます。アリトリオ。要件は、他でもないオーサ・ジクトの身の振り方です」


 オーサの名前を聞いて、アリトリオは眉間に皺を寄せる。


「あの者は、今回の一連の戦争の首謀者です。本来であれは、戦犯として処刑されてもおかしくはない。教皇ですら辞任したのですから、現在の職に留まるのは厳しいでしょう」


 アリトリオの意見はもっとだが、いかにも常識的でありすぎる。確かに、辞職は免れないだろうが、彼を活かす手が欲しい。


「何とか考えて欲しいのです。あれだけ強敵だったのですから、こちら側出会ってくれれば心強いかと」


 しかし、簡単にオーサが手駒として動いてくれるとは思えない。そうと分かってしまえば逆効果になってしまう。


「辞任し、当面は逼塞しているでしょうから、それと分からない形で支援する程度でしょうか。こちらからの強力は後押しは、内政への干渉にもなります。我々はナザレットに傀儡を作るわけではないのですから」


 だが、親リリーシュタットの面々が首脳に顔を並べる。そうなると、戦争推進派の急先鋒だったオーサには当面出番がない。いくつかに経路を分けて、オーサの教会を支援するように、ただそれだけしか今はできない。


「それと分からないように、お願い。私からの施しなどは嫌うでしょうから。それに私にとっても彼は仇敵には違いなのだから」


 とは言ったところで、鋭敏なオーサだけに、すぐに不自然な寄付は気付かれてしまうだろう。それならそれで構わない。オーサほどの器量があれば、あえて、利用される選択だってするはずだ。今のナザレットには再び戦争を起こす力はない。リリーシュタットとの協調路線が敷かれるはずだし、それがナザレットの国益に叶う。であるならば、オーサの選択は必然だ。


 聖サクレル市国への出立の朝、ユリシスはいつもより早く置き出した。ランサとロボにだけ声を掛けて、宿舎から抜け出す。向かうのはオーサの教会だ。

 ランサは両腕にお菓子の入った大きな袋を抱えている。昨日までに二人で準備したものだ。


 朝早くにもかかわらず、下町は活気づいていた。日が昇れば人は動き出す。それが習慣になっているのだ。貴族とは大きく違う。教会も扉は開いていた。おもむろに教会に入ると、ユリシスを覚えていた子供が目ざとく見つけてよってくる。ランサの抱えていたお菓子の袋をユリシスは子供に手渡しながら、尋ねる。


「お父さんはいるかしら」


 子供は大きくうなずくと、身体ほどもある大きな袋をもっていく。


「お姉ちゃんありがとう」


 子供は振り向いて笑顔を振りまく。しばらくすると、子供に手を引かれたオーサが現れた。


「聖サクレル市国へと戻ります。この間はありがとうございました。胸のつかえが取れたわけでばありませんが、成すべき何かが見えた気がします」


 そしてユリシスは来意を告げる。


「一言だけ伝えに来ました。しばらくは雌伏の時でしょうが、必ず政権に返り咲いてください。貴方となら上手くやっていけそうですから」

 

 ユリシスは、それだけを言うと、踵を返した。オーサからは何の返事もなかった。


【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】

https://kakuyomu.jp/works/16817139557963428581#reviews

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