第146話 父親
「お父さんも毎日、一緒にご飯を?」
オーサの性格からしても、別な場所で夕食を済ませているとは思えない。
「そうだよ。お父さんの分はちゃんと取ってあるから大丈夫、遠慮はしなくていいからね」
オーサはいつもこの時間には戻ってきていないのだろうか? 父親のいない夕食がいつものようだ。背中越しに扉が開く音がする。
「おかえりなさい、お父さん」
一番小さな女の子が、扉に向かって走っていく。
「ただいま。いい子にしていたかい。おや……?」
間違いないオーサの声だ。
「バレルに入ったとは伺っていましたが、こんな所でお会いするとは。お元気そうですね」
あの時と同じ、落ち着いた声が教会の中に響く。
「私はあなたに用はないし、あるのであれば大聖堂で面会を申し込みます。とすると貴方は私と話しがしたくでここにきた。そしてしばらく待っていた」
オーサは机の脇を通り過ぎると、厨房へと入っていく。戻ってくるとトレーを持ってユリシスの向かいに座る。
「美味しそうだ。食べながらでも構いませんか?」
ユリシスが食事を促すと、オーサは祈りを捧げ、スプーンを手に取る。
「いつも子供たちだけなのですか?」
悪所ではあっても皇都にある教会だ。司祭がもう少しいてもおかしくはない。
「ほとんど見捨てられているのですよ、この教会は。それに何かあった時にはちゃんと逃げるようにいい含めています。ただ、こんな教会を襲うもの好きはいません。それに私が司祭を務めているのを皆が知っている」
教団の大司教と教会の司祭を兼任しているのだ。
「忙しいようですね、教団と教会を掛け持ちなんて」
オーサは軽く首を振る。そう苦でもないようだ。オーサにとっては当たり前なのだろう。
「ここを巣立った子たちが時折様子を見に来てくたりもするのですよ。助かっていますよ」
オーサは淡々とスープを口に運ぶ。食事を終えた子供たちの後片付けが終わったのだろう。オーサの元に寄ってきては、首に抱きついてお休みの挨拶をしていく。オーサは一人ひとりの頭を撫でると、頬にキスをする。子供たちにとっては平穏な一日が終わるのだ。
あの世界から戻ってくる時、オーサは少しの戸惑いを見せ、戻らない意思を示していた。それを無理に引っ張ってきたのは、他ならぬユリシスだ。
「貴方をあそこに置いてこなくて正解だったと思います。貴方は必要な人なのです。少なくとも子供たちにとっては大切な人。子供には慈愛が必要なのです」
聖サクレル市国の造営計画には学校は入っている。ユリシスが認可したのだから覚えている。
しかし、孤児院はなかったような気がする。計画を見直してみる必要がありそうだ。少しでも困っている子供たちを救いたい。それは聖女の務めでもあるのは確かだ。
ユリシスは自分の手を見つめる。
人を殺めたあの感触が蘇ってくる。この感触は一生消えないような気がしてくる。いや、もしかしたら、また人を殺してしまうかもしれない。戦争が起こればユリシスは前線に出る覚悟はある。戦争になれば勝ちたいときっと思うだろう。負けて良い戦いなどそうはない。知恵と力の限りを尽くすに違いない。
それはオーサにしても同じだ。今回は敗戦という憂き目をみてしまったが、最初から負けるために策謀を施し、戦争を仕掛けてきた訳ではないだろう。
子供たちを抱擁するオーサを見ていると、これがあの辛辣な策謀を仕掛けてきた本人とはとても思えない。優しい手付き、愛に溢れた瞳、子供たち一人ひとりに丁寧に返す言葉……。
ユリシスは分からなくなってきている。混乱している。本当のオーサの姿が分からない。それは自分の姿すら分からないというのと同意でもある。聖女になったからと言って、その場で人格が完成するのではない。それだけはよく分かる。
挨拶を終えた子供たちが、それぞれに自分たちの部屋へと戻っていく。もう就寝の時間だ。教会の広間に残されたのはオーサとユリシスたちだけだ。
「それで、何かあるのでしょう? わざわざ世間話をしにここまでこられた理由はありませんから」
オーサは鋭い視線をユリシスに投げかける。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
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