第145話 子供
ロボに乗って移動するより遥かに時間を掛けて、ユリシスたちはナザレットの皇都バレルへと到着した。前もって到着を先駆けて伝令を出していた。門の前にはアリトリオ以下、聖サクレル市国の文官、武官たちが待っていた。
「しばらくでございます。長旅、お疲れでしょう。今日はゆっくりとお過ごしください。晩餐会などの予定も入れておりませんから」
アリトリオは恐らくラクシンからの連絡で、ユリシスの今の精神状態を知っている。アリトリオらしい配慮だ。
「聖女様が到着してから予定を整えるつもりでしたから、明日には、調印式の日程が決まります。それまでは何も予定はありません」
ユリシスにはぜひ行きたいところがある。予定が決まっていないのはありがたい。
「最低でも明日一日は予定を空けておいてください。私には行かなければならないところがあるのです」
アリトリオは恭しく頭を下げる。すべて任せておけば大丈夫だ。全てを裁量しているジオジオーノにも伝えてくれるはずだ。
「どちらに行かれれるおつもりでしょうか?」
隣に立つランサが心配そうにユリシスを見つめる。
「あの教会よ。オーサに会って話をしてみたいの」
ユリシスの気分が幾分でも良くなるのであれば、ランサはどこにでも着いていく、ロボにしてもハッシキにしても同じだ。目立たない外套を用意させると、ユリシスたちはそっと裏門から出掛けていく。場所はだいたい分かる。方向さえ間違っていなければ、城壁に向かっていけばそこが悪所だ。ユリシスに続いてランラ、そして擬態したロボが付き従う。途中の市場で、お菓子を大量に買い込んだ。子供たちがいるのだ。手ぶらでは行きづらい。
あいにくオーサは不在だった。子供たちに聞くと、仕事に行っているという。講和やその後に訪れる、調整の数々、それらがどうやら忙しいようだ。お菓子だけを置いて出直してもよかった。だが、子供たちに引き止められてしまった。以前、ユリシスはここを訪れている。覚えている子供がいたのだ。
「お姉ちゃん遊ぼう!」
鬼ごっこやかくれんぼ、他愛のない遊びだったが、ユリシスには新鮮だった。幼い頃からずっと一人だったのだ。幼馴染みもいない。姉たちは歳が離れていた。時間を忘れてユリシスは子供たちと遊んだ。意外にもロボが子供たちのあしらいが上手だった。ロボの瞳もいきいきとしていた。日が傾いてきた。
「お姉ちゃん、ご飯食べていくでしょ? お菓子のお礼よ」
年嵩の子供たちは自分たちで夕食の準備をするようだ。ユリシスも手伝おうかと思い、一歩を踏み出したが、ランサに手を取られた。ユリシスはもちろんだが、ランサも料理ができない。作られてばかりで自分たちで作ったりはしない。
「作業を見せてもらってもいいかしら。私には料理はできないの。どうやって作っているかとても興味があるの」
どうやら作業は当番制になっているようで、料理をしている間は、年下の子供たちに読み書きを教える年長者もいた。
ランサはせがまれて絵本を読んでいるようだ。声が聞こえてくる。ロボはより小さな子供たちと一緒に戯れている。こkには確かに生活がある。生き生きとみなが動き、笑い、喋り合っている。熱心に包丁を振るう子供を見ていると、ユリシスは涙がこみ上げてきた。始めてなのにどこか懐かしく、心が丸く柔らかになっていくのが分かる。
「お姉ちゃんなんで泣いているの? あ、玉ねぎ切っているからだね。これは目にしみるんだよ。すぐに終わるよ。こうやって斜めを向いていれば少しはましなんだ」
子供たちの手際はいい。毎日やっているのだから当たり前だ。人はこうやって生きる術を身につけていく。ユリシスも読み書きや計算は出来るが、そこには生活という実感はなかった。
当たり前なのだが、身分の差と生死の差はなく、また信仰心も同様だ。社会的な地位が高いからと言って、その人の信仰心が保証される訳ではない。
「毎日楽しい?」
ユリシスは包丁を握る子供に尋ねる。
「そうだね。小さな子たちの面倒を見るのは大変だけれども、小さい頃は面倒を見てもらっていたからね。やるのは当然だし、料理も好き。楽しいよ。お父さんも優しいからね」
話しによると、ここを巣立っていった子供たちも時折、差し入れを持って訪ねてくるらしい。小さな子供たちはユリシスをそんな子供たちの一人だと思ってくれているようだし、料理をできないユリシスを訝しんでいるようでもある。
料理が出来上がった。決して豪華とは言えない。いやかなり粗末な料理だと言ってもいいだろう。だが、子供たちにとっては大切な糧なのだ。具材は比較的多く、どちらかと言えば、塩辛い。ユリシスたちが毎日食べているものとは比べようもない。
だが、子供たちはとても幸せそうだ。賑やかにおしゃべりしながら、パンに手を伸ばす。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
https://kakuyomu.jp/works/16817139557963428581#reviews
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