第144話 自失

「旅に出られると良いでしょう。休暇ではないのでそこは恐縮ですが、少し気分を変えられたらいかがでしょうか?」


 ユリシスはレビッタントに全てを伝え、許しを請うた。レビッタントはユリシスを一言も責めなかった。


「私が赴いても、ランサが行っても結果は同じだったのかもしれません。聖女様に行っていただいたおかげで、あの馬鹿も祝福が受けられたのです。むしろお礼を申し上げねばならないのはこちらです」


 しかし、レビッタントは息子夫婦と孫兄妹を失った。ユリシスもナザレットに親兄弟を全て殺されている。傷みは同じはずだ。いや、ミラ家はかつては味方だった家なのだ。レビッタントはその家長だったのだ。


「跡継ぎを間違ったのかもしれません。それは私の責なのですから」


 ユリシスは分からなくなってきている。誰に聞いても答えは出ないかもしれない。聖女の務めは救済と祝福。皆に幸せをもたらす者だと思ってきた。戦闘にも加わったがそれが正義だと信じたからだ。


「もしからした信じたかっただけなのかもしれない。本当に正しかったのか、私には分からない」


 ミラ家の騒動から戻って、ユリシスはどこか気が抜けたように、自問自答を繰り返している。


「人生に意義や意味を見出して生きていける人は少数なのです、姫様。それが例え茨の道のように見えても、それは正しい道なのだとランサは思います。どこまでもお供致します。お進みください。それが私の人生の意義なのです。迷わないでください」


 ランサは励ましてくれる。支えてくれようとしている。その言葉もどこか虚ろに聞こえる。率直に言って、ランサの存在はありがたい。今だってとても嬉しい。ランサの献身はユリシスの力の一部だ。


「ありがとうランサ、しっかりしなくちゃね。それでレビッタント、旅というのは?」


 しっかりしなくても構わない、ランサはそう言いたそうにこちらを見ている。ランサの瞳も潤んでいる。あの時の光景を思い出しているのだろう、炎に包まれる屋敷の様を。


「外でもありません。まもなくナザレットとの間に講和条約が結ばれる予定になっております。そちらに主席されてはいかがでしょうか・ 公務となりますので、心安らぐとは申せませんが」


 聖サクレル市国も当事国の一つには違いない。ユリシスが出席しても文句はでない。実際に現地にはアリトリオが入って奔走している。細かな実務的な話しの前には和平が必要だ。そこから始まるのだから、まずは講和という流れになっている。恐らく教皇も戻ってきているのだろう。そうでなければ話しは進まない。とは言ってもナザレットには選択権も拒否権もない。配線したのはナザレットなのであって、リリーシュタットではない。国がなくならないだけ、まだ良かったと思ってもらわなければならない。ナザレットを併合しないのはあくまでもリリーシュタットの都合なのだが、ここは鷹揚に構えているというポーズも必要なところだ。


「馬車で行かれると良いでしょう。街を見て、街道を眺めながらゆっくりとお進みになられればよいでしょう」


 リリーシュタットはナザレットに注文を付けられる立場にある。ユリシスの到着をまって調印を行うと告げるだけで充分だ。あちらには教皇同席でと言えばそれでいい。教皇と並べるのは聖女だけだ。嫌でも待つしかない。


 レビッタントにもユリシスの心中は分かる。いくら聖女とは言え、自分の娘と歳も変わらない少女に過ぎないのだ。ユリシスの心の傷も、自問自答も時間の流れに身を任せつつ、自分で解決していくしかないのだとレビッタントには分かっている。


「ラクシン、アリトリオに連絡を。聖女様が調印式にご出席する意思を示された。それだけでいい。待っている間にも、仕事は山積みだろうからな」


 とは言うものの、ナザレットの戦後処理にそれほど手を取られても困る。早めに目星を付けて、聖サクレル市国へと戻ってきてほしいのがレビッタントの偽らざる気持ちでもあるのだ。


「聖女様がご到着するまでに、細々とした実務を終わらせてもらっておきましょう。調印式が終わり次第、下の者に引き継いで、戻ってきてもらえる程度には時間を作ってあげておきましょう」


 ユリシスにはレビッタントの心遣いが良く分かるし、とても助かる、それが本音だ。


「ありがとうございます。お心遣い痛み入ります。甘えさせてもらいますね」


 ユリシスは、あの戦場で多くの人の命を奪った。続いていくべき時間を刈り取った。今回もそうだ。カギルをこの手に掛けた。それは一生忘れてはならない。痛みと共に胸に焼き付けておくのだ。決してこの感覚も忘れてはならない。それが命を奪ったものへの礼儀であるのだ。


「ランサ出立の準備をするように命令を伝えるのだ。だが、急がせてはならない。しっかりと準備を整えるのだ、そう伝えるように」


 レビッタントに言葉には多少の政治的な意味合いもある。

 しかし、ユリシスはそのあたりに気を回さない。


「これだけは申し上げておかなければなりません、聖女様。決して俯いてはないません。しっかりと前を向いて、胸をお張りください」


【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】

https://kakuyomu.jp/works/16817139557963428581#reviews

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