第131話 鍵穴

 黒い壁の表面の動きが早くなる。


「隆起が……」


 波打つ陰影、映り込んだユリシスの顔が歪む。鍵穴は確実に近づいている。詠唱が鍵だと思い込んでいたユリシスは次にどんな行動を取ればいいのか分からない。いや、分かっていたとしても、手立ての想像がつかない。


「問題ない。鍵はちゃんとある」


 ユリシスの不安を見透かすように、ハッシキは励ましてくれる。ユイエストとヘルベスト以外には、この黒い壁の変化が見えているはずだ。ランサも必死に考えているように見える。


「詠唱は?」


 ユリシスは隣に立つランサに聞く。


「間違いありませんでした。完璧でした。もし上手くいかなかったのであれば、壁は出てこなかったし、流動もしなかったはずです。すべてうまくいっていると信じるしかありません。大丈夫ですよ、姫様」


 ユリシスには信じるしか道はない。


 さらに黒い壁に変化が現れる。熱を帯び始め、色も若干深い藍色に変わってきている、まるで漆黒の夜が明けるように。


 ユリシスはさらに首をひねる。そこにはユイエストとヘルベスト、そしてオーサが立ってこちらの様子を窺っている。


「これで私たちが戻れても、ユイエスト様方が戻れない。それでも構わないのでしょうか?」


 この不条理は名状しがたい。ヒントをくれたのは彼らなのだから。


「気に病む必要はどこにもない。我々の研究は間違いではなかった、その証明ができるのだから、これ以上の喜びはないよ」


 ユイエストは歯を見せて笑う。本当に喜んでいるようだ。それだけユリシスは心が痛む。一番最後にやってきて、一番最初に戻る。引け目がないと言えば嘘になる。いやまだ。戻れると確定したわけではないが、正解に限りなく近づいてきているのは実感できる。


「姫様、集中を。さらに少しずつですが近づいて来ているようです」


 ランサに言われて気が付いた。壁が振動を始める。隆起がさらに大きくなる。黒い壁が膨らんでいく。


 それは唐突だった。黒い壁の左上が一点、光始めたのだ。その光がユリシスの前に近づいてくる。


「鍵穴が出ました」


 ユイエストたちにも聞こえるように大きな声で伝える。

 一点の光が、ユリシスの目の前で止まる。大きさは拳大だ。


「いったいどうすれば……」


 躊躇するユリシスにハッシキが叫ぶ。


「左腕を光へ!」


 触れていた右手を放すと、ユリシスは左腕に力を込める。


「グラベーリン!」


 詠唱と同時に、左腕を強く突き出し、光へと突き刺す。すると、左腕が黒い壁に吸い込まれ、肘あたりまで飲み込まれてしまう。


「指先が固定されている。ユリシス、中指を曲げるんだ」


 ハッシキにそう言われてユリシスは初めて気が付く。何か引っ掛かりがある。


「これは鍵穴なんだよ、ユリシス。鍵を突っ込んだら、ひねればいいだけさ」


 ユリシスは指を曲げた状態のまま、腕ごと、左へと大きくひねる。大きな感触が腕から身体へと伝わっていく。その瞬間に、黒い壁は消失する。


「姫様、御覧ください」


 ランサが指差す。壁に描かれた扉絵に光の縦線が入る。観音開きに扉が、ただの絵だった扉が開こうとしていた。


「扉が開きました、見えますか?」


 ユイエストたちに問い掛けるが返事はない。どうやら彼らには扉絵はそのままのようだ。その隣に立っているオーサの顔がこわばっている。


「そうですか、見えません……」


 扉は術式の当事者たちにしか見えない、それが仕組みのようだ。これはユイエストたちも予測していた。


「開いたのだね、扉が。さあ、戻るといいだろう。おそらくそれほど長くは開いていない。術式には限界がある」


【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】

https://kakuyomu.jp/works/16817139557963428581#reviews


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