第130話 命運
ハッシキはここから戻る方法は簡単に分かると言った。その意味がユリシスには分からない。
「ハッシキ、どうして簡単に分かるのかしら? 教えて」
ハッシキの説明は至って明瞭で理にかなったものだった。黒壁が球体で、流動している。つまりこちらも動いているのだ。
「二つの大きな球を想像してみてほしい。その球同士が隣り合って接している。接しているのは一点だけだ」
こちら側に一点、あちら側に一点、それぞれに重なり合ったタイミングで鍵を差し込めば、扉が開くはず。
「それで開かなければ、また別の方法を考えるだけだよ。とにかくこの流動している壁の表面をしっかりと見ているんだ。きっと変化が起こるはずだよ」
他に方法はない。ハッシキの言葉に従って、じっと黒い壁に手を触れる。ランサもこの黒い壁の働きについては理解したようだ。ハッシキからの言葉をユリシスは、ユイエストとヘルベストにも説明する。
「なるほど術式の詠唱は扉を開けるための鍵穴を見つけ出すためのものだったという訳か。二重に仕掛けがあったのだね」
二人には黒い壁は見えていない。二人には二人の鍵穴となる仕掛けを解除しなければならないのだ。そのための方法は各自で模索していくしかない。
「心苦しい限りですが、私のこの聖刻神器は私たちにしか通用しないようなのです。私たちには黒い壁がはっきりと見えているのですから、一歩前進したのは確かです。あとは鍵穴が合致すれば扉が開くはずです」
単なる黒い鍵穴なのか、何か目印があるのかは分からない。これから先、いや、ここに来てからずっとユリシスにとっても、未知な展開だ。
ユリシスはじっと壁に手をあてている。ランサは目をつぶって触れている。心なしか、動きが早くなり、脈動のような振動を感じる。
「近づいてきている」
ユリシスはランサと目線を交差させる。確かにランサも感じているようだ。黒い壁はほぼ平面に見える。であるのならば、球体はかなりの大きさのはずだ。その球体に一点だけある鍵穴を待ち続けなければならない。仮に球体でないとしても、流動しているのは確かなのだ。ハッシキの推測の正しさ、それしか寄る辺はない。
ユイエストとヘルベストは、見えるはずもない壁の方を向いて、手をかざしているユリシスたちを凝視している。彼らにとっても、初めての経験ではあるが、このユリシスの行動は大きな参考になるはずだ。朧気だった帰還への方法が明瞭になりつつあるからだ。
「ひとつお伺いしたいのですが、よろしいでしょうか?」
ランサがユイエストの方を振り向く。
「私たちが戻れたとして、それからユイエスト様方がお戻りになられたら、歴史はどうなるのでしょうか? ユイエスト教は存在しなくなるのでしょうか?」
戻るために必死でユリシスも気が付かなかったが、ユイエストたちが帰還を果たすといったいどうなってしまうのか? ユイエスト自身はただの魔人であって、教祖でもなんでもなく、伝説として教祖になっている、それが真実だ。
「それは心配はいらない。世界は分岐する。君たちが戻った世界と、戻らなかった世界は隣合わせで干渉せずに存在すると考えている」
つまり、ユイエストたちが戻れば、戻ってからユイエストたちの人生は再開し、別の世界が始まる、ユイエストはそう言っているのだ。
「お戻りになられたならば、教団を立ち上げるのですか?」
分からないという仕草をユイエストはする。
「私が教祖となったのは、私の死後のはずだ。私の行動次第でどうにでもなるのかもしれないが、私が戻れたのならば、運命に従うだけだよ。私は追われているのだから」
次元術式でなんとか急場をしのいだユイエストたちだ、次はない。別の方法で逃げ続けなければならない。いずれにせよ過酷な命運が待っているのだ。
「それでもお戻りになられれるのですね?」
力強くユイエストはユリシスを見つめる。
「それが定められた運命であるのならば、それに従うだけだ。後戻りをするつもりもないし、ここからなんとか脱出してみるつもりだよ」
ここに来てユリシスは真実の一端を知った。それは胸の中に秘めておかなければならないだろう。ユイエストは本当は教祖ではない。伝説は伝説のままそっとしておいた方がいい場合だってあるのだとユリシスは知ったのだ。
ユリシスたちがユイエストと言葉を交わしている間にも、壁の表面はその動きは早めている。戻るべき対象を見つけて、壁も心なしか躍動しているように感じる。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
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