第132話 光珠
ユリシスは、ユイエストの前まで行くと、深々と頭を下げる。
「ユイエスト様、ありがとうございました。心苦しい限りですが、私たちは戻ります。後世の者たちに何かお伝えする言葉はございますか。承りたいのです」
ユイエストは寂しく首を振る。
「何もない、ただ、もし私の親に出会えたら、私の境遇を伝えて欲しい。国はなくなっても、生きているはずだからね」
ユリシスの表情が驚きに染まる。ユイエストの外貌は三十代の半ばといったところだ。その両親となれば、老人に近い。ユイエストが生きていた時代から見て、ユイエストは約千五百年前の人物だ。その人たちが生きている道理はない。
「驚きはもっともだが、君たちの時代でも確実に生きているよ。私は魔王の息子だからね」
ユイエストの言葉に、驚いている余裕はない。魔王など、おとぎ話の中の存在程度の認識しかユリシスにはない。
「姫様、急いでください。扉が閉じ始めています」
ユリシスは、同様に呆然と立ち尽くしているオーサの手を強く引く。
「貴方も一緒に帰るのです。あの時と同じ場面、同じ場所、同じ時間へ。そうしなければならない気がします」
ユリシスは覚えている。オーサにもあちらの世界に心残りがあると言っていた。
「私は残る、ここで永遠に懺悔し続ける……」
そういうオーサにユリシスの平手が飛ぶ。頬を叩かれたオーサの腕を強引につかむと、扉の方へと歩き出す。
最初は若干の抵抗を見せていたオーサだったが、ユリシスの決意には勝てないと分かったようだ。
「それでいいのです。あの場所には私ではなく、私たちがいたのです。あなたのいなくなった未来を紡いだところで何も意味はない」
立ち止まり、もう一度ユイエストたちを見る。手を上げて見送ってくれている。再び前を向くと、意を決して、光る扉の中へと飛び込む。
「みんな行こう! あっちでまた」
光がユリシスを包み込む。身体が分解されるように、粒子になったように浮遊感だけが残る。腕をとっていたはずのオーサの感覚だけが手に残ろうとしているが、やがてそれも消える。
バラバラになった細胞が一つひとつ組み合わさり、組織となり器官となる。暗闇の中で身体が形作られていく。水底から水面へと身体が引き上げられる。波打ちに合わせて、鼓動が刻まれる。そこに確かにいる。みんながいる。ユリシスには分かる。目は見えない。だが、確かに水面に出た気配がする。
身体にどこか違和感がある。
「背中が割れる……」
痛みはないが、火であぶられたかのような熱さがある。首筋から尾骶骨まで亀裂が入る。まるで脱皮するからのように、自分の身体を脱ぎ捨てる。身体が不意に軽くなる。脱ぎ捨てられた殻は水の中へと沈み、新しい身体は宙へと浮かぶ。
まぶたの裏に光を感じる。
手を大きく伸ばす。あの光を掴みたい。光に吸い寄せられる。さらに手を伸ばす。届きそうだ。左手で掴みかかる。指には聖刻神器の感触。手に触れた光は珠、光り輝く冷たく小さな珠。
「取った!」
瞬間に目が開かれ、視界の中に、左手の中で輝く珠が飛び込んでくる。ユリシスは次元と次元の垣根を越えた。
気が付くと大聖堂、謁見の間に立っていた。目の前には玉座の傍らに佇むオーサの姿が、振り向くと、ランサとロボがこちらをじっとみていた。
身体に軽い倦怠感がある。手で顔を触れる。涙が頬を伝わっている。喜びは確かにある。
しかし、どこかやるせなさと罪悪感が入り混じっている。目の前のオーサには不思議と憎しみはない。とにかく戻ってはきたのだ。
「貴方を拘束します。と言っても牢獄に入れようとは思っていません。住まいに案内してください。見張りを付け、監視します。それほど長い時間は必要ないでしょう」
ユリシスはロボに命令して、オーサの身柄を預ける。オーサは抵抗する気はないようだ。
「ロボ、それと眷属を一頭お願い。使者として軍営に送りたいの」
手近にあった紙に、状況を記すと、ユリシスは着用していた法衣の左袖をちぎり取る。紙と一緒にロボの眷属の首に巻き付ける。
「いい、軍営にいるアリトリオの元へと急ぐのです。もしかしたら戦闘中かもしれない。気を付けて」
ユリシスは巻き付けた袖をさらに強く縛ると、眷属の鼻先を撫でる。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
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