第125話 条痕

「術式によってこの世界が生まれたのであれば、その数だけ似たような世界が生まれてこなければならないが、いまのところここ一つだけだ」


 いってみれば扉のたくさんある部屋を想像してみれば分かりやすい。もちろん、その扉を開く鍵が術式になる。


「であれば、出るための扉もある可能性は高い、私たちはそう考えているんだ。実は扉である可能性の高い場所は特定している。後で案内しよう」


 ユリシスは先程から、ユイエストの視線に気が付いていた。時折、ユリシスの左手を見ているのだ。


「失礼、やはり気になってしまって……。左手のそれはいったいなんなのか?」


 やはり初めて目にする人は気になって仕方がないのは当然だ。あまりにも形状が特異だからだ。


「単純な装飾品には見えない。とても強い力を感じる」


 ユリシスはそっと手の甲をユイエストに差し出す。


「これは聖刻神器と呼ばれている、言ってみれば祭器のようなものだと考えていただければ結構です。聖女にだけ天から与えられるのです」


 時に指輪であったり、錫杖であったり、形状は様々だが、聖女によって違い、その聖女の生涯を暗示しているとも言われていると、ユイエストに加えて説明をする。


「それは武器というか、暗器なのか? どことなしか禍々しさも感じる」


 手にとっても構わないか、とユイエストは仕草を示す。ユリシスは小さく頷き肯定すると、中指に収まっている指貫状の聖刻神器を指でなぞる。


「確かに武器ではあるのですが、これで刺突するわけではないのです。先代の聖女には指輪が与えられました。私に与えられたのはこれだったのです」


 それは、生涯、戦い続けていかなければならないのだという暗示にも受け取れるし、何かを打破しなければならないという使命も帯びているように、ユリシスには思えている。


「使命が反映されている聖なる装飾品か……」


 ユイエストはゆっくりと手を放すと、少し考え込むような仕草をする。


「であるのならば、少なくとも貴方にはあちらの世界に戻る資格があるようだ」


 ユイエストの言葉の理由がユリシスには咄嗟には分からない。


「だってそうだろう。戦い続けなければならないその場所は、少なくともここではないだろう? ここで戦う理由はどこにもない。あなたのいるべき場所は元の世界を示しているのではないのか? 未来はその祭器に約束されているのではないかと私は思う」


 ユリシスはじっと自分の左手を見つめる。確かに言われてみれば、頷ける。ここには争いも諍いもない。確かに、戻りたいという人とそうでない人との対立はあるのかもしれないが、それを暴力で解決しようという動きはなさそうだ。そもそも、戻れる手立てが見つかっていないのだから、力と力でせめぎ合う必要などどこにもない。


「刺突するのでなければどのように?」


 使って見せろといいたいらしい。

 ユリシスは立ち上がると左手を差し出す。ゆっくりと指先に力を込める。光が聖刻神器の先に集中し始める。前に突き出した左手で空間を引き裂いていく。


「グラベーリン!」


 詠唱とともに、幾条もの筋が空間に生まれる。その亀裂の縁は光輝き、やがて小さくなり、そして消える。


「本来であれば、この後に、術式の詠唱を行います。そうすると私にだけ使える聖霊術が展開されるのです」


 消えていった亀裂の向こう側に、ユイエストの姿がある。立ち上がったその姿は驚きを通り越して、どちらかと言えば唖然としているに等しい。


「驚いた……」


 小さなつぶやきだが、ユリシスにははっきりと聞こえた。確かに初めてこれを見た人は大いに驚くが、ユイエストの反応は今まで以上だ。


「これが私に天から与えられた力なのですが、何かおありでしょうか?」


 ユイエストはユリシスの言葉には上の空でじっと顎に手を当てている。何か光明が差したようだ。


「初めてのケースだ。こちらの世界では聖霊術をはじめとしたありとあらゆる術式が発動しない。貴方のその祭器だけが術式を発動した」


【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】

https://kakuyomu.jp/works/16817139557963428581#reviews


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