第126話 発動

 ユイエストの言葉にランサが立ち上がり、手を差し出す。


「イザロの炎!」


 ランサが詠唱するが、何も起こらない。掌の上に炎が浮かばない。ランサは何度も繰り返すが、術式は発動しなかった。ランサは聖霊術が使えない自分に非力さを知っている。これではユリシスを守れない。ここで過ごせば過ごすほど、自分自身への苛立ちが募ってくる嫌な予感がする。狼狽すればユリシスに心配を掛けてしまう。ランサはユリシスの足手まといにはなりたくはない。

 その気配を察したようだ。ユリシスはランサの肩に手を置く。


「心配しなくても大丈夫。ランサはいてくれるだけでも、私の力になってくれるもの。支えてくれているのよ、いつもね」


 ランサにとってみれば、ユリシスの心遣いが、かえって胸に突き刺さる。そばにいるだけではだめなのだ。聖霊術が使えないのならば、せめて頭を使いたい所だが、ランサには現状を把握するので手一杯だ。

 全能感に浸るほど、ランサは愚かな少女ではないが、それでもユリシスの片腕として何とか役に立ててきたという自負があった。だが、ここに来てその自信が揺らいでいる。平静を保ち、戻る手立てのヒントを探り出す手助けをしなければならない。なんとしても戻りたいという思いが強く湧き上がる。

 しかし、皮肉にもユリシスの聖刻神器からヒントが生まれそうだ。戻れたのならば、そこからでもいくらでも活躍できる、ランサは気持ちを切り替えていくしかない。


 ユリシスたちは扉の向こう側に気配を感じた。思わず身構える。


「そんなに恐れる必要はない。彼らが戻ってきただけだ」


 開かれた扉から、番人の部屋で話をしていたヘルベストとオーサが入ってきた。聞き込みが終わったらしい。


「何か分かったか?」


 尋ねるユイエストにヘルベストが書き付けを手渡す。目を落としたユイエストがうなずいている。ある程度予想できていたようだ。


「やはり同系列の次元転移か。オーサさんと言ったね。君はこれをどこで?」


 ユイエストの質問にオーサは首を振る。


「喋りたくない、か。まあそれもいいだろうが、ずっとここにいるかもしれない場合も考えておいた方がいい。妙なわだかまりは、いずれ邪魔になる」


 ランサが手を差し出す。書き付けを読みたいようだ。ユイエストはそうこだわる様子もなく、あっさりと書き付けをランサに手渡す。

 ユリシスも横から覗き込んだが、何を書いてあるのか、何を意味しているのか全く分からない。ざっと目を通したランサが書き付けをユイエストへと返す。


「一度きりの転移聖霊術。しかも定型が一つもない。これはこの男が独自に生み出したものでしょう」


 聖霊術にはいくつかの系統があり、その系統によって使われる術式の要素が決まっている。それを示唆するものが何もないと、ランサは言っているのだ。


「すべてがこうなのですか? もしそうなら、貴方が言っていた鍵穴は術者の数だけ存在する、それに……」


 ランサは言い淀む。


「それに、一つの鍵穴には、ひとつの鍵しか対応しない。解錠できても戻れるのは使った本人と、巻き込まれた人だけになってしまうのでは?」


 ランサの言葉を肯定するかのようにユイエストは目を伏せる。


「ランサさんだったかな。貴方の言葉はおそらく正しい。鍵穴に合った鍵を術者自身が見つけなければ戻れない」


 それであるのであれば、どの時点に戻るのか、逆に特定できる。術式が発動したタイミングに戻されるはずだ。それ以前はまずあり得ない。術式の前であれば、現象は起こっていない。術式が発動されて初めて、現象としての効果が発動するのだから当たり前の話だ。では、それ以降、術式が発動してから、かなりの時間が経ってしまった時点で戻る可能性はどうか?


「実のところそれも確率はかなり低い。それも当然だと思う。何しろここでは時間が止まっている。この永久の狭間とあちら側の世界は、何らかの繋がりがある。止まっている時間が観察されているかもしれない、それの充分に考えられるのだから」


 つまり、戻るとしたら、術式が発動した直後、ユリシスたちの場合で言えば、あの謁見の間になる。


「可能性のひとつかもしれないが、こちらにも朗報がある。ユリシスさんあれを」


 ヘルベストとオーサに向かって左手を、ユリシスは示す。そこには光を反射する聖刻神器がある。ユリシスが詠唱を唱えて空間を引き裂く。引き裂いた空間の先に暗闇が見える。


「この暗闇、これが次元を隔てている壁なのではないかと私は思う。その壁を突破できるのが、この詠唱になるではないか」


 ユイエストは書き付けをテーブルの上に滑らせる。


【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】

https://kakuyomu.jp/works/16817139557963428581#reviews


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