第115話 接触

「正確にいうと時間の考え方が大きく違っていると言った方がより正確かもしれないわね」


 ユリシスにもようやく、ここが全くの別世界。今まで住んでいたところとは違うのだという実感が湧いてきはじめている。シュレンカンは時間が降り積もるという言い方をしていた。それは比喩でも何でもなく実際に時間が物質として存在している、そういう意味なのだ。


「その、ものとして存在している時間をなんとかすれば、時間は流れる、そう解釈していいのでしょうか?」


 ユリシスよりは幾分早めに落ち着きを取り戻したランサが、風で揺れる白いワンピースの裾を見つめる。


「ええ、確かにそうかもしれないわね。誰も試したりした人はいないけれども」


 その時間の流れと、ここが別次元で、出口がないという問題はまた別の話になってくる。


「ここは不安定で水泡のような世界だとも言えるわね。風は吹き、水は流れ、星は回る。でも時間だけは流れない。そして誰も帰れない。やがて人々は自分たちが永遠の囚われ人なのだと自覚し、そして諦める」


 ユリシスはシュレンカンの前でひざまずき、そのワンピースの裾を力強く握りしめる。


「本当に帰る方法はないのですか? 私は帰らなければならないのです」


 ユリシスは聖霊術を掛けられる前をようやく思い出した。皇都バレルはどうなったのか? リリーシュタット軍とナザレット軍はどうなったのか。なにより皆が心配しているだろう。


 ユリシスは厳しい視線をオーサへと送る。迂闊に街に入ったユリシスも責められるべきではあるのだろうが、オーサの聖霊術は想定の外にあった。いっそ、殺してくれた方がよかったのかもしれない。

 オーサは故意にユリシスとは視線を合わせないようにしているようだ。


「本当に、ここから戻った人はいないのですか? なにかヒントはないのですか?」


 シュレンカンはただ首を降るだけだ。


「ただ、貴方と同じように、不意にこの世界に飛ばされて悔しい思いをしている人はいるの。少数だけれども、研究しているのよ、ずっと帰る方法を」


 時間が流れないのであれば、いくらでも研究はできるのだ。何らかの糸口になるかもしれない。その人に会ってみる必要がありそうだ。

 不意に腕からうめき声が漏れる。

 どうやらハッシキも気が付いたらしい。現状を把握はしきれていないようだ。それは当然だと言えば当然だ。


 ユリシスはゆっくりと時間を掛けてハッシキに話を聞かせる。シュレンカンは言葉を喋るハッシキにかなり驚いているようだし、傍らに佇んでいるオーサも同様なように見受けられる。


「何人か元の世界に戻ったって聞いたほうが、逆に胡散臭いよね。誰も戻れない、それが正しければ、帰れる方法がまだ見つかっていないだけなんじゃないかな」


 ただの慰めや励ましではなく、ハッシキの言葉にはどこか説得力があるようにユリシスには思われた。


「まだ見つかっていない……」


 その最初の人にユリシスがなればそれでいい、ハッシキの言葉は直截ではあるが、間違ってはいない。ユリシスもようやく落ち着きを取り戻しはじめたようだ。


「少数の研究を続けている人がいると言っていましたが、それはつまり大多数の研究をしていない人もいると?」


 ユリシスの言葉にシュレンカンはうなずきをもって応える。


「いったいどこにいるのですか? どれくらいいるのですか?」


 ユリシスの矢継ぎ早の質問に、シュレンカンは多少戸惑いつつも、指差す。


「この先、砂漠を越えた先に平原があって、そこに街があるわ。そうね、約三万人ほどが暮らしているかしら」


 街には特に名前はなく、諦念の都と呼ばれているそうだ。目には見えないけれども、少しずつ積もっていく時間とともに、人の感覚は摩耗し、諦めしか残らない。なんともやりきれない嫌な名前の街だ。


「人は一人で生きていくには弱い生き物なのですね」


 ランサの口調もどこか沈みがちだ。


「そうね、研究を続けている人は、まだまだ諦めていない人という意味でもあるわね」


 何かしていなければどうにも落ち着かない、それもまた人間の性でもある。


「その研究を続けている人と接触は可能なのでしょうか? 私はまだ諦めたくはないのです。何とか戻る手を見つけ出してみせます」


 諦めかけようとしていたランサに手を差し伸べたユリシスの言葉は意外なほどに力強い。降り積もっていく時間はどうやら、ユリシスたちの味方になってくれそうだ。


「とにかく行ってみないと始まらないわね、諦念の都とやらに」


 ユリシスはランサを力強く引き寄せると、力強く抱きしめた。


【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】

https://kakuyomu.jp/works/16817139557963428581#reviews


 

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