第114話 時間
「ようこそ、このふざけた世界へ。歓迎もしないけれども、追い返したりもしない。いやできないわ」
ふざけた世界? ここは元いた世界とは別なのか? ユリシスは小首を傾げて女性を見つめ返す。
「帰れない?」
ユリシスはじっと女性の瞳を覗き込む。
「そうよ。なぜ帰れないのかは、そこの男に聞くべきかもしれないわね。説明が面倒なら私がしてもいいのだけれどもね」
オーサは立ち上がり、ユリシスたちを見てから周囲の様子を確かめているようだ。目論見通りだったのだろう、ほんのわずかに唇を動かす。
「私にとっては僥倖でしたが、貴方たちにとっては災難だったのかもしれないですね。初めて使った術式でしたが、うまくいってなによりでした」
ワンピースの女性がユリシスたちに近づいてくる。
「貴方の言葉は多少の間違いが含まれているようね。初めてというのは確かだけれども、あなたの使った術式は一生に一度しか使えないわね。賭けみたいなものだったのじゃなくて?」
オーサが小さくうなずく。
「確かにその通りです。私が使った術式はディメンショナル・コリドールと呼ばれるもので、次元転移を術者ごと行うのです」
ユリシスが女性を振り向く。どうやらオーサの説明には間違いはないようだが、ユリシスはまだ釈然としていない。
「言ってみれば、あたなたちは一瞬の中に閉じ込められた永遠の世界にとらわれたのよ。この別次元からは二度と戻れない」
オーサが使ったディメンショナル・コリドールは相手を攻撃するのでもなければ、守るものでもなく、別次元へと術者ごと飛ばしてしまう術式らしい。
「別次元とはいったい?」
初めて聞く言葉にユリシスたちは戸惑いを隠せない。ロボが住んでいた聖獣の世界とも違うようだ。
「ここですごしていれば、いずれ分かると思うけれども、ここは時間と時間の狭間、特別な世界なの。まったく違うと言っていいわね。次元という言葉には耳慣れないとは思うけれども、じきに慣れるわ」
そういえば、ユリシスはまだこの女性の名前を知らない。
「不躾ですが、申し遅れました。私はユリシス、こっちはランサ。そして」
ユリシスは立ち上がったオーサを見つめる。
「オーサ、オーサ・ディクト」
オーサの態度はやはり素っ気ない。今まで仇敵どうしだったのだからそれもやむを得ない。
「ご丁寧にどうも。私はシュレンカン。この湖を守っているわ。番人ね」
シュレンカンによると、数種類ある次元転移系の聖霊術を使って飛ばされると、必ずこの地にくるのだという。そのために、道先案内人としてこの場所に常駐しているのだ。あの東屋がシュレンカンの住処だったと言うわけだ。
「もちろんずっとではないわ。退屈だもの。交代でこの役目をしているわ。もちろん街にいっても退屈なのは一緒だけれどもね」
どうやらこの地には街もあるらしい。道先案内人だと言っていたから簡単に教えてくれるに違いない。
しかし、ここと一緒で退屈なのだとはどういった意味なのだろうか、ユリシスにはまだ理解できない。
小首を傾げているユリシスにシュレンカンは説明を続ける。
「さっきも言った通り、ここは時間と時間の狭間。つまり時間は制約を受けているのよ。目に見えると言ったほうが分かりやすいわね。つまり時間が流れない。降り積もって目には見えるんだけれどもね」
ユリシスはゆっくりとシュレンカンに取りすがる。
「時間が流れない……」
請いを求めるかのように口を開く。
「さっきあなたはここからは戻れないともいった。そしてこの地は時間が流れないとも、つまり、私たちは永遠にこの地から離れられない……」
ようやく飲み込めてきたようだ。ここに来て大問題だ。ユリシスは少しでも早く、元いた世界に戻らなければならない。声が自然と大きくなる。
「私達は帰らなれば行けないんです。やらなければならないのです」
ユリシスの強い言葉にもジュレンカンはたじろぎもしない。
「今までここに来て、帰っていった人間は存在しないわ。方法はない。いやあるとは言われているけれども、誰も知らないといった法が正解かしら」
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
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