第111話 陥穽
「さすがに何度来ても、壮麗な街ではあるな、皇都バレルは」
ロボが口にするように、歴史の一日一日をゆっくりと積み重ねてきたバレスは静かに佇んでいた。バレル脇の小高い丘からバレルを見下ろす位置にユリシスたちは立っている。中央には高い鐘楼を備えた大聖堂がそびえている。
「西門から入って、すべての門を抑えてしまいましょう、ロボ」
ランサがロボに声を掛ける。ロボは素早く眷属を召喚する。出せる数は二千程度が限度だ。十二分に活用しなければ手が回らなくなる。この際、ユリシスたちは単独行動になるだろうが、それほど問題はないのではないかと予感している。
ユリシスは西門から街へと入る。門は開いている。敗軍の兵たちが戻ってくるのだ。閉じている道理はない。
決して油断していたわけではないが、ここまでの行動の裏返しがユリシスを陥穽へと誘った。というよりは、西門を潜ったときに、例えば張られていた蜘蛛の糸をそれとは気が付かずに身体にまとわりつけてしまった。
街に人の姿はない。視線すらも感じられない。それでも、生きて呼吸をしているように街は静かにユリシスたちを迎え入れる。
「人気が全くありませんね。もしかしたら敗戦の報がすでに伝わってしまっているのかもしれません。だとしたら街の奪取はそれほど難しくはないでしょう」
噂の伝播は時として正規の情報網の上を行く。ラクシンからユリシスは教えてもらっている。すでに緒戦での敗報が噂という形で流れ、市民たちは退転したのかもしれない。
「それでも門は抑えておきましょう。すべてで八つあるはずよ」
出ていく分には全く問題はないが、入ってくる人員がいれば阻止しなければならない。正規の門の他に、この規模の街であれば隠し通路等がある場合がほとんどだが、それはこの際無視するしかない。ユリシスに詳細が不明だからだ。
「うまくすれば、と思ったけれども、話はそう簡単ではなかったようね。教皇はすでに街を出ているかもしれないわね。追いかけたいところだけれども、それは諦めた方が賢明かしら」
緒戦での勝利が確定した時点でユリシスは素早く、追撃に入った。それはユリシスが軍を率いていたわけではなく、一兵卒で戦闘に参加していた意識があったからでもあるし、動けるのがユリシスだけだったという理由もある。その後、敗走する敵を追走し、途中で援軍の中央を突破してきている。
「最低でも三日、いや五日、ここを確保すれば本隊がやってくる。それまでは何とでも確保しなければならないわね」
アリトリオの戦略には皇都バレルの占拠も含まれているはずだ。あの後、すぐに軍を再編したリリーシュタット軍は追撃を開始しているという確信がユリシスにはある。敗走したナザレット軍とここバレルから出た援軍を合わせるとそれなりの数にはなるが、士気が大きく違う。緒戦の勝利が醒めないうちに次々と手を打っている、それがユリシスの目には映っている。勝利の帰趨は明らかなようにユリシスには思えている。もちろんリリーシュタットが勝つ。
鐘楼に釣られた大鐘が時を告げる。その鐘と歩調を合わせるかのようにゆっくりとユリシスは大聖堂へと向かっていく。祭政一致の態勢を執るナザレットにあっては最も重要な拠点だ。ユリシスは迷わず大扉を開く。中に人はいない。
「ここにも人の気配はしないわね。なんだからとても周到ね。まさか負ける前提で動いていたわけでもないでしょうに」
精緻な意匠が施された広間の正面にはイザロの炎に焼かれるユイエストの像が安置されている。その後ろに扉がある。その先に、謁見の間へと続く通路があるのを前回ユリシスは確認している。迷わずユリシスは進んでいく。
繊細な彫刻が施された柱が両側に並ぶ通路の先に扉があり、その先は階段になっているはずだ。ユリシスは迷いなく歩を進めていく。
謁見の間には傾きつつある陽光が差し込んでいた。ここにも人はいない、かと思われたが、玉座の左側のカーテンがゆっくりと動くと一人の男がでてきた。黒に統一された法衣は上質だ。高位にある司教の一人なのは明らかだ。
「お初にお目にかかります。聖女ユリシス・リリーシュタット様」
男の口調は慇懃で丁重だが、どこか苦味を含んでいる。
「私はオーサ・ジクト。大司教の次席を預かっている者でございます」
次席であれば、少なくとも執政以上、場合によっては宰相ですらある。ナザレットの政体に詳しくはないユリシスではあっても、目の前の男が大物であるのは理解できた。
「もっとも聖女様には私をご存知なくても、私はよく存じております。いつぞやは右腕を奪われて、この街から逃走されてしまいました。そして今回の戦闘でも殊勲を挙げられたと伺っております」
オーサの唇の片端が軽く持ち上がる。
「聖女ユリシス様。あなたは聖女としては特殊すぎる。存在自体がナザレットの邪魔になってしまったのですよ。すでに貴方には逃げ場はありません」
オーサが両手を突き出す。聖霊術の構えだ。
ランサは結界を張ろうとするが、一瞬だけ遅れた。
「もろともに参りましょう、聖女様。ディメンショナル・コリドール!」
それはランサも知らない聖霊術だった。
詠唱が終わった瞬間、ユリシスは意識が遠のいていくのを感じていた。
【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】
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