第110話 首都

「ロボ、小細工は不要よ。中央を突破するのよ。敵兵は無視してくれても構わない」


 ユリシスからロボに指示が飛ぶ。ランサはユリシスを前に抱くような形でロボの背にまたがっている。ユリシスの指示もはっきりと聞こえた。最も安全なのは敵に認識されない距離を取って回り込むべきなのだろうが、次善は実を言うと敵を無視しての中央突破なのだ。

 敵は真正面から突っ込んでくるたったの一騎を敵とは認識しない。まるで木枯らしが木の葉を吹き飛ばすように、ロボは安々と敵中を走り抜けていく。敵は速度重視の陣形を取っており、縦長だったのだが、ものの数ではない。敵は敗走し、皇都バレルへと向かって来ている部隊を目指している。ユリシスは逆にバレルを目指している。互いにすれ違うだけだ。ロボも不用意な攻撃は避けている。確かにロボは巨体ではあるが、いわば、風のように吹き抜けるだけなのだ。

 先の騒乱において、巨大な白狼とそれにまたがった少女二人が確認されているが、政治的な案件として処理されたために、その正体までが軍部には伝わっていない。バレルからの援軍を指揮する司令官もユリシスの正体までを知らされてはいない。

 一騎の偵察が豪胆にも敵の中央を突破したという程度の認識しかない。今回の戦闘でのユリシスの奮闘さえもまだ報告されていないのだ。


「抜けました」


 ランサは報告してくれるが聞くまでもない。敵はすでにはるか後方へとその姿を消している。あとは皇都バレルへと進むだけだ。


「それで姫様、皇都ですがどう対処するつもりなのですか?」


 敵陣を抜けた今、ランサの心にもようやく余裕が生まれはじめている。おそらく皇都バレルに兵はいない。教皇を守る百人以下の近衛兵がいる程度だと推測できる。


「よもや負けるとは思えませんが、リリーシュタットの本隊の到着を待たねばバレル全域の制圧は難しいかもしれません。もちろん戦いは想定していませんげれど……」


 ロボの眷属を召喚したとしても最大で二千程度、大聖堂と主要箇所を抑えるのが精一杯だ。できれば教皇以下の主要人物の拘禁が望ましく、あとは時間が稼げればそれで十分という腹がユリシスにはある。


「バレルは空なのだから、それほどの心配はいらないでしょう。市民には傷をつけないように気をつけていれば問題はないのではなくて?」


 一時的な無政府という真空状態に陥った市民たちの動向をユリシスは知らない。もちろんリリーシュタットとそれを支える聖サクレル市国は敵国であるという認識が市民にも浸透している。歓迎はされないだろう。力で押さえつけられているという感情はいかにも窮屈だ。

 国を失った経験はユリシスにはあるが、一般市民であった訳ではない。王族、あるいは聖女としての自国愛と市民のそれとでは若干、手触りに差がある。治めていた街を奪われ、追われる恥辱と、住んでいる街を蹂躙される憤慨とはまた別であるという感覚は、ユリシスにはもちろんなく、公爵家の令嬢であったランサにも持ちにくい。あえて言えば自らの力量の不足に憤怒したロボが一番よく分かるのかもしれない。

 敵を見る市民の目の冷たさをユリシスたちは知らない。分かるとすれば先の騒乱において、出し抜かれた形のナザレット首脳、今回の戦争において、一敗地にまみれた将校たちの視線が一番近いのだろうが、あいにくとユリシスには敵首脳たちに面識はない。

 腕を取り戻す際に、敵の指揮にあたっていた司教の一人がもっていたのは、彼個人の特異な執念だった。

 平和とは脆く、儚い、ユリシスに分かるのは想念としての平和の朧気な形だけだ。仮に支配者が変わったとしても、それは頭が変わるだけであって、市民に影響がないとも言えるが、救済派と贖罪派という大きな隔たりがある。さらに言うとするならば、バレルを制圧したとしても、それをどうするのかという問題に、ユリシスは首を突っ込むつもりはない。そういう意味においては、夢の中で生きている少女でしかないユリシスなのだ。自らの意識がどこからやってきて、なぜ思考しているのかすら定かではない。それは記憶が欠如し、ユリシスの腕に宿ったハッシキが一番的確に言葉にしてくれるはずの問題だろう。


「障壁はなくなったわ。のんびりしていいわけではないけれども、敵はどんどんと遠ざかっている。少し休みましょう」


 ユリシスの言葉にランサは首を傾げる。ユリシスの言葉と行動に矛盾がある。いや、矛盾というよりは食い違い、ちぐはぐさという不安定な要素が大きい。あれだけの無理をしてきて、ここにきて一息入れるのであれば、他に道はいくらでもあったのではないか?


「姫様、申し上げます……」


 ランサが口にしようとした瞬間をロボが引き継いだ。ランサが口に出せばどうしても苦言という形になる。時としては必要なのは分かるが、今は口にしたくないというのがランサの正直なところだった。


「あれだけ急いだんんだ。このままいっきに皇都を突いた方が得策だと思うが、それでも休むのか?」


 ロボの言葉にユリシスは得心する。言われて見れば確かにそうなのだ。なぜあれほど急いできたのか、自分の言動の不自然さは一体何なのか? 一歩立ち止まれば、おそらくまた再び歩き出すに違いないほどの焦燥が胸を支配するはずなのに、自分は一体なにを口走ったのか? ユリシスは自分の言葉に悔恨の色を滲ませる。


「ごめんなさい。そうだったわね。何のために急いだのか、訳が分かららないわね。取り消すわ。急いで向かいましょう。いっそ、今まで以上の速度で皇都を目指しましょう」


 さらに半日が過ぎた。もうじき皇都バレルが見えてくるはずだ。中立国地帯で戦いをしてきたユリシスには距離感が分かるし、初めての土地でもない。

 皇都バレルはナザレットの中では西寄りに位置している。それでもリリーシュタットからはかなりの距離がある。その敵の本拠地にようやく迫った。

 後続の部隊がどのような行動を取っているのかユリシスには分からない。ただ向かってきている、それだけは確信ができた。


【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。聖女系の小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、ゆっくりペースでも気にならないという読者の皆様、★評価とフォローを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】

https://kakuyomu.jp/works/16817139557963428581#reviews

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